白の祓魔師
聖者の困惑 悪魔の純情
アムロが白の聖祓魔師認証式を終えて地元に戻った時には、既にクリスマスも終わり、ニューイヤーを迎えてしまっていた。
「はぁ〜。疲れた。行きがあんなだったから帰りはどうなるかと思ったけど、何事も無く帰国出来て良かった〜」
出国時と同様にディパック一つでの帰国だったが、胸元には聖祓魔師としてのメタイがかけられている。
中央に大粒のダイヤモンドがすえられたローズクオーツで出来た十字架を、黄金で出来た薔薇の蔓が取り囲むようにしている、手掌サイズのメタイである。蔓の所々に幾多の貴石が埋め込まれ、それだけで人の一生涯を賄えるだけの価値がある物である。
「証明書を携帯してのイミグレ通過だったけど、正直、迷惑なんだよナァ〜。こんな物。重たいし」
物欲に乏しいアムロにとって、高価なメタイは分不相応過ぎて、肩が凝る代物と成り果てていた。
「だいたい、こんなのを貰える立場じゃないと思ってるの に・・・。あの騒動を収めたのは僕の力じゃなくて、シャアのお陰なのに・・・」
あの時、光の中に薄らいでいくシャアの姿は、他の聖職者には神々しく見えたのだろうが、アムロにとっては痛々しく感じたのだ。
「怪我・・・・・・治ったのかな・・・」
ポツリと呟きながら自室の扉を開けたアムロは、そこで動作をフリーズした。
室内には、豪華なカウチに身を横たえた、今、頭に思い描いていた悪魔が居たのだった。
「・・・・・・しゃあ・・・・・」
「おかえり、アムロ。遅かったのだな。お疲れ様。お茶でも淹れようか?」
パチンッと指を弾くなり、目の前に香ばしい香りの珈琲が入ったカップが出現した。それを無意識で受け取ったアムロだったが、飲む前に確かめたい事があった。
「シャア」
「ん?」
「・・・・・・からだは・・・」
「身体?」
「・・・・・・平気・・・なのか?」
「心配してくれておるのか?」
意外そうな声音にアムロがカチンッとくる。
ドカドカと荒い足音を立てて室内へ入るなり、アムロはカップをチェストの上に乱暴に置くと、シャアの襟首を撚り上げながら怒鳴った。
「僕が心配するのはおかしいのかよ! あんた・・・魔界の?2と戦って、大怪我して、消されそうにまでなったんだぞ! 僕を守ったせいで・・・。心配するのは当たり前だろ?!」
シャアは一瞬、目を見開いてきょとんとした表情をしたが、数瞬の後に花が綻ぶかのような笑顔を零した。
「わるくは無いものだの」
「何がっ?!」
「心配してもらえると言う事が・・・だよ。そなたが私の身を心配してくれる。その事がエナジーとなっていたのだな」
「はぁ?」
「魔力と体力の回復が、意外なほどに早かったのだよ。魔界の城で暫くは起き上がれないだろうと覚悟していたのだが、二晩もしないうちに力が漲りだした。ベルゼはまだグッタリしている様子なのに・・・だ」
「それが?」
「我々は元を正せば天使だ。人の想いが、祈りが力となる。その事を、魔界での生活が長すぎて忘れておったよ。あの時の光の剱には、ミカエルの霊力と共に、君の怒りが強く籠められていたのだろう。強い思いは力になる。それが良い思いだろうが悪い思いだろうが・・・・・な。君の思いは、ベルゼには治癒を遅らせる力となり、私には気力・体力・魔力を回復させる力となったのだと言う事さ」
「僕は・・・別に・・・」
「愛されているのだと実感したよ」
「・・・・・・・・・・・・はいぃぃ??」
「君が、私を、愛して、くれているのだろう?」
「あっ・・・あいっ!・・・・・・あい、してる?? ぼくが? あんたを??」
「そうだ。だからこその回復の早さだろう?」
「愛してなんかいるわけないだろう! 貴様は悪魔で、僕はそれを狩る者だ!! 敵同士なんだよ。愛せるわけないだろ?!」
「私は愛しておるよ、アムロ。君だけだ。魔界に墜とされてからの年数すら思い出せない位の時を過ごしてきたが、これ程に心を揺さぶり、姿を目に映しておきたいと思えた者は、君をおいて他に居ない。人生・・・魔生と言うべきか?いずれにせよ、ただ一度の恋であり愛であろうな」
襟首を締め上げているアムロの両手に手を添えると、シャアはゆっくりと外させてから、その甲に唇を寄せた。
冷たい手に反して、その唇は熱く、柔らかかった。
アムロの身体がビクリッと強張り、視線がシャアから外せなくなった。
シャアは上目遣いでアムロの瞳を覗き込むと、甲に唇を押し当てたまま声無く言葉を綴った。そして瞳を閉じると、祈るようにその手を額に押し当てた。
そのまま暫く静寂が二人を包み込んでいた。
どこか甘い感じを帯び始めた空間を破ったのは、駆け込んできた足音だった。
「アムロ!!無事に帰ってきたっ・・・って・・・すまん。使い魔の具合が悪かったのか?」
息せき切って入って来たのは、ブライトだった。
「えっ?」
「やぁ・・・その手の中でぐったりしてるの。お前の使い魔・・・だろ? 何だか、色々と大変だったらしいから、そいつも疲れたんだろうナァ。労わってやれよ。じゃ。元気そうなお前さんの顔を見て安心した」
ブライトは入ってきた時同様に、ばたばたと出て行ってしまった。
アムロはブライトの開けっ放しにしていった扉と腕の中の猫を交互に見ていたが、頭の中に声が流れ込んできた。
『まだ本調子にはほど遠い。この姿で居るから君が癒してくれぬか? 膝の上で撫でてくれるだけで良い。それだけで我は癒されるし、それ以上を今望む気はないゆえ』
少しだけ冷たい感じがする金色の猫の身体をアムロは抱えなおすと、質素なベッドの端に腰を下ろした。そして、膝の上に猫の身体を置くと、ゆっくりと背中を撫で始めた。
「早く回復してもらって、魔界に帰ってもらわなきゃならないからなんだからな!愛してるからじゃないんだからな!そこんとこ、考え間違いするなよ!!」
自分に言い聞かせるかのような言葉に、シャアはクスッと笑うとざらつく舌でアムロの手掌を一舐めしてうとうとし始めた。
アムロは口の中でブツクサと文句を並べつつも、シャアを膝の上に置き続けた。
その年のヴァレンタインに、シャアからアムロへお手製のガナッシュが渡されて、アムロが困惑したのは、また別の話
2012/23/14