大佐の新しい二つ名
キョロキョロ辺りを見回すと、物凄い勢いで袖を引っ張られた。
うわー、こんなに怒った自分の顔、初めて見るかも。・・・般若に見えるんですケド。
有無を言わさず席を立つよう体を引っ張られ、会議室を出来る限りの速さで退出した。
廊下もほぼ走るように移動し、あっという間にマスタング大佐の部屋にたどり着いた。
バタンっ
大きな音でドアを閉める。
皆が驚いて振り向く中、大佐は堪えていた怒りを爆発させた。
「ア・ル・フォ・ン・スっ・エ・ル・リ・ッ・クぅぅ!!やってくれたなっ!!」
「・・・何をそんなに怒ってるんですか、大佐。」
「な・ぜ・わ・た・し・の・か・ら・だ・で・泣・くっ!?」
途端に周りがざわつく。あ、そうか、大佐って普段、泣かないよね。
「ひょっとして、会議室で大佐の姿で泣いたんですか?」
恐る恐るブレタ少尉が聞いた。
「そ・う・だっ!!全く、見せたかったぞ、並み居るお歴々の方々が固まっている瞬間をっ!!グラマン大総統の爺さん、いつか目にもの見せてやると思っていたが、こんな形で叶うとは思わなかった。目ん玉が落ちそうな位見開いて固まっていたぞ。」
「うわ~、それは見たいような、見たくないような」
ハボック少尉がつぶやく。
「あ~、泣くつもりじゃなかったんですけど・・・スラムで会ったイシュバールの人たちを思い出したら・・・止まらなくなっちゃって・・・すいません。」
「・・・わざとではないんだな?」
「わざと泣くなんて出来ませんよ。」
「・・・鋼のならやりそうだが。まったく・・・今後、どういう顔で会議に出ればいいんだっ!?」
「・・・また泣いたらいいんじゃないっすか?よく泣けばそのうち珍しくも・・・タンマ、失言でした。忘れてください。・・・その指、鳴らさないでくださいよ。」
「ハボック、今、冗談を聞く気分じゃないんだ、気をつけろ。」
「はーい。で、予算は通ったんですか?」
「アルフォンスが泣いたおかげで、上層部の皆様は頭がフリーズしたらしい。おかげで反対意見もなく、予算も通って、会議も終わった。」
「じゃ、結果オーライってことで。」
「どこがだっ!!今後どんなイヤミを言われるか・・・なぜ、そんなに簡単にボロボロ泣くんだっ!!こらえろっ!!」
「・・・こらえようとしたんですけど~・・・ムリだったんです~。」
本当にすまなそうに反省する大佐姿のアルに、握り拳を震わせるアルな大佐は・・・クルっと方向を変えた。
「鋼のっ!!なぜ、アルフォンスは涙をこらえることが出来んのだっ!!」
ぶつぶつとあれはアルじゃないとか、あんな顔をしないとか・・・部屋の片隅で現実拒否をしていた鋼のに怒りをぶつける。
「な・・・俺に言うなよっ!!本人に聞けっ!!」
「また泣いたらどうするっ!?しかも自分の顔に怒り続けることは出来んっ!!」
「どんだけ自分が好きなんだ、あんた・・・あー、アルが泣き虫ねぇ。修行中はそんな泣かなかったケド・・・・。
あ、そうか。鎧のときは泣くに泣けなかったからな。涙をこらえる必要なかったから・・・だから、こらえるっていう機能というか作業が苦手なんじゃないか?
ま、泣きたいときに泣けるなんていいじゃねぇか、そのままで。なんかアルらしいし。」
「兄さん・・・」
ちょっと大佐姿のアルが感動している。
「・・・ほ~、貴様が私の立場でも同じことが言えるのか?
聞けば魂が近いんだったよな、二人共・・・いつ、私みたいに入れ替わる事態になってもおかしくないんじゃないか?
本当に、このままで・い・い・ん・だ・な?」
アルなら絶対しない裏のある笑顔で大佐が詰め寄る。
・・・俺とアルが入れ替わって・・・ボロボロ泣く俺・・・・
「やっぱ、人並みに涙をこらえることはした方がいいと思う。」
「早っ!?に、兄さんっ?考え変わるの早過ぎない!?」
「よし、じゃ特訓だ。鋼の、イジメろ。それでアルフォンスは泣くな。」
「おうっ!!」
「・・・二人とも、落ち着いて。そんなイジワルされても泣きませんよ~。」
傍から見ると、エルリック兄弟が、気弱なマスタング大佐を二人がかりでイジメている図である。
大佐の部下たちは、ちょっと離れた場所で、この異様な光景を眺めていた。
「やっぱ、アルはアルじゃないと・・・弟にはあの大将を押さえる優しさが欲しいよな。」
ハボックが言うとブレダも深く頷く。
「俺も同感、エドと大佐の2人組だったら・・・兄弟ゲンカで街1つ破壊とかありそうだよな。」
長年、付き合いのある部下たちは知っていた。
エドワード・エルリックとロイ・マスタング大佐。この2人、目的のためなら手段を選ばず、他人の迷惑を一切顧みないという、共通点があることを。
エドワード・エルリックは、犯人逮捕のためなら、列車も駅も街も壊しまくって追跡する、金色の暴れん坊、かたやロイ・マスタング大佐は敵はもちろん味方も騙し、焼死体の1つや2つや3つや4つ、簡単に作って裏工作して平気な顔をする策士。
きっと街1つ破壊しても「しょうがねぇだろ」、「仕方あるまい」とか言って、全然反省しないに違いない。
敵に回すともちろん怖いが、味方になるのもなるべくなら避けたい・・・遠くから無関係を装ってそっと見守りたい2人組である。
「最強の・・・というか、最凶の2人組ですよねぇ。」
フュリー曹長が怯えながら、現在最凶2人組のエルリック兄弟を見る。
「「そこ、ウルサイっ!!」」
エルリック兄弟の声がハモる。
途端、火花が部下たちを取り巻く。2、3枚、デスクの上の書類が燃えた。
「な、何するんですか!?」
ハボックがツッコむ。こそこそしゃべっただけなのに。
「いま、機嫌が悪いんだ。」
((((そんな理由をイバって言うなよ・・・それだけで部下を燃やすなっ))))
さすが最凶2人組・・・部下4人、心の声はハモったが、これ以上刺激しないように誰も口には出さなかった。
トン トン
「失礼する。」
ドアが開いて、ナギが入ってきた。
部屋の片隅で固まる軍人4人、大佐をイジメるエルリック兄弟・・・その様子を見て少し呆れる。
「・・・緊急事態だというから呼び出されて来て見れば、何してるんだ、二人がかりで。
私の可愛い方の弟子をいじめるな。」
「・・・おい。」
「あ、間違えた。私の可愛いい弟子をいじめるな。」
「今、絶対本音だったろう、お前っ!」
「小さいことを気にするな、エドワード・・・それより」
アルと大佐の双方を見て、ナギは呆れたような顔をした。
「注意事項は、守らなかったのか?」
「・・・そばにいると知っていれば守ったが、本当に偶然、居合わせたんだ。」
「そうなんです。」
「あんまり入れ替わると、クセみたいになるぞ。気をつけろ。」
「あ~、何度も同じところを骨折するとクセになるみたいな」
「ま、そんなもんだ。」
「「「そんなもんなのか?」」」
ハボックの変な例えを、否定するまでもないナギにツッコミが入る。
魂の入れ替えと骨折・・・同じレベルで語れるものなのだかろうか。
「とりあえず龍気がみなぎった場所じゃないと元に戻すことは出来ないな。ここらへんだと・・・」
「それなんだが・・・セントラルにはないのか?」