ここで生きていく
サブウェイマスターとポケモン博士の交流は深い。最初の交流は何なのか知らないが、アララギ博士とサブウェイマスターの交流は、確かアララギ博士はポケモンという種族がいつ誕生したのかその起源を 調べており、その発表会で会ったのが最初だったと思う。それ以降、様々なことを連絡してくる。主に、新しいトレーナーが旅立ったこと、そのトレーナーがどこのジムリーダーを倒した、などだが、二人にとっては嬉しいことだった。そのジムを制覇した者たちがバトルサブウェイに訪れるのだとすれば、それは嬉しく、まるで自分の子供、弟や妹を見る感覚に似ているからだった。
「いつか来てくれるかなぁ」
「ライモンはイッシュの中心。必ず訪れるでしょう」
ライモンに来るなら、バトルサブウェイを利用してくれる『かもしれない』
バトルサブウェイを知らずに去るトレーナーもいるが、バトルサブウェイを知って、利用してくれるトレーナーもいる。それが、ノボリとクダリにとっては嬉しいことだった。挑戦者が増えて嘆くわけがない。寧ろ、自分たちに挑戦してくれる者が増えるのだと思うと、ますます気が抜けず、そして楽しみが増える。
「会いたいね、早く」
「会えますとも。それまで待つのが、我々にできる事です」
その旅立ったトレーナーの一人が、後に世界を救う『英雄』になるのだが、それは別の話だ。
「そうだ――あれ、ノボリ、その帽子は?」
ノボリの机には帽子が飾ってあった。桃色の帽子で、旅に出るトレーナーがよく被っているタイプで、色からして女の子のものだろう。ノボリが被るとは思えないし、ノボリは制帽のようにかっちりしたタイプを好む。
「ああ、これですか? 無礼者の忘れ物です」
「はぁ?」
帽子をくるくると回すと、名前が書いてあることにクダリは気付いた。
「えっと……トコ……トウコ?」
「持ち主の名前でしょうね」
ノボリは思い出していた。『自分』に石をぶつけて逃げた無礼者のことを。少し離れていたものの、ノボリは目が良い。すぐに振り向き、見えたのは茶色の髪色。そして、鳥ポケモンに乗って逃げてしまった。文句を言う事も出来ず、苛々しつつその子がいた場所に行けば、帽子が落ちていた。色からして女の子だろう。
「クダリ、そう言えば知っていますか? カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウの四つの地方を駆け巡り、全てのチャンピオンを倒しても旅を続ける放浪するトレーナーを」
基本トレーナーは自分の地方、もしくはその付近の地方で旅を終える。だが、時折、どの地方も駆け巡り、ただ闘い続ける、まるで修羅のようなトレーナーが存在する。彼らは決してエリートでもベテラントレーナーでもない。一般的な、普通としか言えないトレーナーでありながら、その道を進む。彼らを誰がそう呼んだのかは知らないが、『Asura』と呼ぶことがある。
アスラトレーナー、またはそのままアスラ。と。
「それがどうかしたの?」
「そのトレーナーたちは極限に数が少なく、十本の指で数えられると表現されるほど」
実力ではない。大事なのは様々な地方へ向かい、闘う事が、彼らの異名。
「アスラトレーナーにこの間登録された少女――それが、トウコという名前のトレーナーだと、聞きます」
1.二度と会わない二人
我らが王は獣の言葉を理解し、その力を持って世界を支配するだろう。玉座に座りし哀れな傀儡王に幸あれ。
幼いころから『傷付いたポケモン』と共に育った彼にとって、ポケモンが人に信頼を寄せることは、有り得ない事だった。当然彼はポケモンが人に懐くことで進化する、という信頼で行われる進化も知らなかった。人とポケモンは共存している、なんてことを教えられなかったし知らない。ポケモン、彼の言葉で言うならばトモダチ、は人間を憎んでいるし、彼も人間を好んでいなかった。
Nにとってポケモンはトモダチで、ポケモンにとってNはトモダチだが、そこに普通のトレーナーと同じ信頼は無い。彼はポケモンをボールに入れることを好まなかった。つまり、彼はポケモンを所持していない。トレーナーであり、トレーナーで無かった。
「ゲーチス。トモダチは何故泣いているのか僕には分からない」
「王。ポケモンたちは人間に傷つけられたので泣いているのですよ」
彼の近くに常にいるのは、ゲーチスだった。彼が実質上『プラズマ団』を動かすのだが、当時まだプラズマ団は存在していない。ゲーチスがプラズマ団をまだ活動させていないのは、まだ時間じゃないからだ。早めに行動すれば、それだけ妨害が増える。短く、素早く終らせるのが理想だった。
「ポケモンにとって人間は敵です。早く〝解放〟してさしあげましょう」
ゲーチスは笑みを浮かべて彼に囁く。それは、ポケモンの声が聞こえる彼には、使命のように聞こえた。自分だけにできることで、自分がやらなくてはいけないこと。自分の夢で、自分の仕事。
「人間はポケモンを使役し、時に自分勝手に捨てます。産まれたばかりのポケモンを役立たずと言って捨て、そしてポケモンは死ぬのを繰り返すのです」
「うん……知っているよ、ゲーチス」
幼き彼は、ゲーチスの言葉をすべて信じた。彼は知らなかった。ゲーチスが彼に会わせるポケモンは全て傷付いたポケモンで、人間に憎しみを抱いている。そんなポケモンだけを会わせていることに、彼は気付かなかった。例えば自分のポケモンを彼に見せていたならば、彼はポケモンが人間を信じることもあるのだと知っただろうし、懐き進化という言葉を知ることもあっただろう。
だが、ゲーチスはそれを教えようとしなかった。
ゲーチスにとって重要なのは、彼が王として、ポケモン解放をする、という構図のみ。その計画の本当の目的は――ゲーチスだけがポケモンを扱えること。
「では、部屋に戻る時間ですよ、王」
彼、Nの部屋はそれからずっと、変わらない。まるでその空間だけ切り離されたような異質な空間になる。ゲーチスの息子なのか、それともポケモンから産まれたのか、それすら分からない『化物』の部屋。
――――それから時が流れ、プラズマ団は動き出した。
ポケモン解放を目的に行動することにした。表向きの王は彼だが、実際に行動も活動もしているのはゲーチスだった。ゲーチスは彼を自由にすることにした。
「君、危ない!」
「え……?」
Nが街を歩いていた時、その声は聞こえた。女の子の声で、声と同時に首根っこを掴まれた。うわっと声を出すこともできず、すると、先程までNがいた場所にレンガが落ちてきた。バランスを崩したレンガは落下し、欠けてしまったが、Nは無事だった。
「あぶねぇぇ……! あ、急に掴んで悪かったね」
あと少し遅れていたら、Nは怪我をしていただろう。レンガが何故あったのか、それは彼が歩いていた場所が家を建てている途中の近くだったからだ。レンガの家にするつもりらしく、レンガがいくつも積み重なっている。そんな場所を歩いていた彼も悪ければ、積み重ねていた方も悪いだろう。
「怪我は無い?」
「あ……うん」
「そっか。ならよかった! でもおにーさん、ぼーっと歩いてたら、今度こそ怪我するから気をつけな!」