ここで生きていく
「馬鹿なN。哀れな傀儡王。ポケモンの言葉を理解している化物よ。あなたがこの世の頂点に立った時、ワタクシの計画は完璧なものとなる! 七賢人も、Nも、何もかもワタクシの思うとおりだ……!」
アハハハハと高笑いをすると、ゲーチスは落ち着くようにと咳をした。
「長い間待っていたのです……すべては、この時のために」
そう言ったゲーチスのボールの中で、サザンドラが唸りながら暴れていた。
「ええ。あなたの出番も近いですよ……ワタクシのサザンドラ」
2.魅せろ
「ヒウンアイス3つ下さい! 全部バニラで!」
「はい、600円ね」
「はい、これで」
「400円のおつりです」
コインを四枚受け取ってからキレイハナとマグカルゴにアイスを一つずつ渡す。ヒウンに到着した日、偶然にも火曜日でそんなに混んでなかった為、ヒウンアイスは簡単に買えた。ラッタとキレイハナ、マグカルゴとミロカロス、そしてトウコとムクホークでアイスを半分こすることにした。
「このアイス美味しい! いろんな場所で食事したけど、このアイスはトップクラスの美味しさね! いかりまんじゅうとかも美味しいけどさー」
さっぱりしている味はトウコの口に合い、ラッタ達も満足なようだ。
「ヒウンに来たらアイスを買え! って旅行パンフにも書いてあったもんねー」
彼女がイッシュの名前を知ったのは、偶然読んだ旅行のパンフレットなのだ。
『今の環境に不満がある? そんな気持ちを吹き飛ばせ! 海! 山! 新たな地方へ! イッシュ地方。挨拶はベストウイッシュ!』という長い宣伝文句だったのだが、その中にヒウンならヒウンアイス、と書かれていたのだ。因みにベストウイッシュとは旅立つ人の幸運を願う言葉らしい。
「ヒウンの先は砂漠で、その後に中心街のライモン!」
イッシュは娯楽施設が少ないのだが、このライモンはバトルのメッカ。ポケモントレーナーであるならば、誰もが興味を抱く。カジノなどの娯楽はなくとも、バトルには溢れている。
「でも砂漠かぁ……嫌だなぁ」
鋼も岩も地面も持っていないし、砂だらけになって都会に行くって、どんな羞恥プレイだろうか。ボロボロ+砂だらけって女としても恥ずかしい気がしてきた。
「砂漠に行かないでライモンに行く方法……なんて無いよね……」
そんなものがあるなら皆その道を使っているだろう。彼女は大きく息を吐くと、タウンマップを仕舞った。覚悟を決めるしかないだろう。雪山を歩くのも辛いが、砂漠を歩くのも辛いものだ。
「よーし! いいこと考えた! 砂嵐を避ける良い方法! その名もドリュウズ作戦! 地面を潜って行けば砂嵐の被害を受けずにライモンまで行けるよ!」
当然それは失敗する。
「……砂が穴に入ってくるとは思ってもいなかった。砂漠の中歩いたほうが綺麗にライモンに到着できたわね」
砂で汚れ、ポケモンたちに攻撃され、所々焦げた痕も残る格好でライモンに到着したトウコは、口の中の砂を出しながらケホケホと咳もしつつ呟いた。悪いのはトウコ、である。自分の睡眠を邪魔されたポケモンたちが怒って噛み付いて来るし、良いことは一つもなく、ライモンの人たちが横目で見てきている。
「なんとか通り抜けたものの、この砂は困るな。いつもなら川とかで洗うんだけど――このような都会にはそんなものないし、ここはポケモンセンターのシャワーを借りるしか無いか」
基本ポケモンセンターを利用しない彼女にとって、ポケモンセンターを借りるのは『甘え』のように感じてしまうのだ。とは言っても、汚い恰好で歩くほど羞恥心を失っているわけでもない。臭い、汚い恰好で街中を歩いているような女にはなりたくなかった。嫌そうな表情でポケモンセンターに入ると、目に入ったのは光とジョーイさんの笑顔だ。自分のいた地方ではラッキーがナース役だったが、ここではタブンネがその役目のようだ。
「こんにちは!」
ジョーイさんがほほ笑むので、まずは宿泊の予約をする。ポケモントレーナーの証であるトレーナーカードを見せると、別の地方からのトレーナーであることに驚いたらしく、少しだけ目を点にしたが、すぐに笑顔になって部屋の鍵を渡してくれた。ストラップがついており、バチュルのストラップだ。
「イッシュにはどんな用事で来たんですか?」
「トレーナーが別の地方に行く理由なんて、自分の力を確かめたいから、ですよ」
トウコは『使い古された理由』を口にする。それが本当かなんて、他人には分かることは永遠に無いのだから。居場所探しで各地を旅するトレーナーで、『アスラ』なんて大層な名前を付けられていても、トウコの目的はただ一つ『自分の合う場所を探す』だけだった。
カチャリと鍵を回すとそこはポケモンセンターの部屋。質素で、ベッドとシャワー室と机があるだけの部屋だが、それで十分だ。
「はぁ……にしても、帽子買わないとなぁ」
旅に出た日から被り続けている帽子を失くしてしまい、トウコは顔には出さないけれどショックだったようだ。トウコはポケギアを出した。ここでは通じないポケギアも、決して捨てられるものではない。ここではゴミ同様でも、思い出は棄てられるものではない。旅を始めたころは軽かった鞄も、徐々に重くなる。思い出とは、重さだ。
だけれど、じくじくと鋭い矢が貫く。
『棄てられない思い出』『棄てた故郷』
「……大丈夫」
下を向けば見えるのは自分の足。トウコはいつもの癖で帽子を被るようになったが、当然そこには帽子は無く引っ張れるのは自分の髪の毛だけだ。
「シャワー浴びてくるね」
ボールからポケモンたちを出すと、トウコはシャワー室へと向かった。
ポケモントレーナーと言うのは、指示を出すだけではない。ポケモントレーナーとは、ポケモンと共に闘う者の通称であり、トレーナーに攻撃が当たることも珍しくない。密室などではそれは確率が高くなり、トウコの身体には傷がある。
殆どは消えているが、まだ消えていない傷もある。
産まれたばかりの炎ポケモンが威力を調節できずに火傷になったこともあれば、ポケモンの巻き付くで骨を折りそうになったこともあるが、トウコはそれでもトレーナーを辞めたいと思ったことは一度も無かった。シャワーで身体を洗いながら、トウコは息を吐いた。頭から砂が落ちて、所々の傷に沁みる。
「この後はバトルサブウェイに行ってみるか……」
ライモンと言えばバトルサブウェイ。とジョーイさんも言っていたのだ。自分の力を試してみたいなら、バトルサブウェイに乗るべきだ、と。ここはバトルの聖地。ジョーイさんもバトルが好きなのか、それとも別の理由かは分からないが、行くことを勧められた。シャワー室から出て、着替えると、ポケモンたちが目を輝かせていた。先ほど呟いていたのが聞こえたのかもしれない。
「……行く?」
その言葉にポケモンたちは勢いよく首を縦に振った。
バトルサブウェイ、シングルノーマルトレイン。持ちポケは三体、それ以外の所持は認められず、必ずボールに仕舞う事。三体負けた時点で終了、挑戦を終わりとする。7勝ごとにバトルポイントが渡され、ノーマルは21戦で終わりとなる。
「マグカルゴ、ふんえん!」