ここで生きていく
この地方では見慣れない『マグマッグ』の進化形である『マグカルゴ』
バトルサブウェイでも見慣れなかったのか、少し驚いていたところを隙突き、マグカルゴの攻撃が急所に当たる。この地方ではポケモンを捕まえていないトウコは、今まで一緒に旅していたポケモンと共にバトルサブウェイに挑戦していた。現在三連勝。イッシュに来たばかりなので何タイプなのか詳しくない、という不利な状況だが、トウコは勝ち進んでいた。そして、このトレインの特徴は、7勝ごとに駅に着く。その時、ライモンに戻ってパーティーを立て直すことも可能、なのだ。
マグカルゴをボールに戻すと、トレーナーが震えていた。
「……アリエナイアリエナイアリエナイ」
少し怖いがトウコは見ていると、その挑戦者が立ち上がる。ただその目は死んでいて、何を考えているのか分からなかった。バトルをしている時はそんな目じゃなく、楽しそうだったのに。
「オマエノポケモン……」
「……なに」
「ヨコセエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
ぞくり、として瞬時に後ろに跳ぶと、先程トウコがいた場所が凹んでいた。
「どういうこと……!?」
明らかに様子のおかしいトレーナー。
「……キレイハナ?」
ボールの中のキレイハナが動くので、キレイハナをボールから出すと、キレイハナはトウコの鞄を引っ張った。仕方なく鞄を下ろすと、キレイハナは鞄の中からとある道具を出した。それは、一部の人だけが持っている道具で『シルフスコープ』と言う。トウコは知り合いがシルフに勤めていたので貰えたのだが、そんな経緯、今は関係ない。
「……まさか!」
急いでそれを装着してみると、トレーナーの背後に黒い靄が見えた。シルフスコープに触れて弄ってみると、黒い靄が徐々に姿を変えて、見えたのは――幽霊ポケモン。しかも、この地方には存在しない筈の『ゴース』だ。
だが、このバトルサブウェイならば存在していてもおかしいことではない。なぜなら、ここはトレーナーの集まる場所であり、様々な地方のポケモンが孵化されている。その中にゴースがいてもおかしいことではない、のだ。
当然トウコはそんなことを知るわけがないが。
「ゴースが人を操ってるってことか……! キレイハナ、戻って!」
キレイハナたち、ボールを鞄にすべて仕舞って鞄を持ち上げると、再びトレーナー、ゴースに操られたトレーナーが動き出した。
先ほど床が凹んだのはゴースの攻撃を受けたからだろう。だが、この頑丈な床、装甲を凹ませるということは、あのゴースは強いだろう。トウコは生唾を飲み込んだ。
「大丈夫、隣の車両にいけ、ばっ」
その瞬間、トウコの背後、扉が凹んだ。
「うわっ!」
ナイトヘッドだろうか。ちらりと見れば、そこはぐしゃぐしゃで、とても出られそうにない。つまり、退路を断たれてしまったようだ。まるで自分の脳内を見ているかのように。
「ははっ。どーやらあんたを倒すしか無いみてーだな」
トウコは舌なめずりをする。倒す、と言ってもゴースはトレーナーに張り付いているし、攻撃すればトレーナーを傷つけることになる。つまり、攻撃せずにゴースを離れさせないといけないのだが、無理ゲーだろう。隙があれば、まだゴースだけを倒すこともできるのだが。
ゴースは靄だが、中心に核がある。
その核を倒せば、ゴースを倒したことになる。
「ポケモンは決して可愛いものじゃなく怖いものだ。だからこそトレーナーはポケモンと手を取り合わなければいけない……って、昔言われたっけ」
トレーナーは誰にでもなれる。だけれど、覚悟を持たなければいけないことを覚えておかなくてはいけない。
ポケモンの攻撃を受けて、怪我をした子がいる。
基本的に、小さな子はポケモンを持つ場合は親が近くにいなくてはいけない。このバトルトレインでも、幼稚園児のいる車両にはカメラがついている。襲われないように、もし怪我した際に迅速に行動ができるように。
旅に出る年齢が10歳以上なのも、子供では危ないからではなく、覚悟を持たずに旅立つトレーナーにしないため。
覚悟を持って旅に出た時、トレーナーはたとえ年齢が10歳でも『大人』として扱われるのだ。
「――……そうだ。あいつから離せばいいなら」
トウコは笑みを浮かべて、ボールを落とす。
「ムクホーク、おいかぜ!」
ムクホークが咆哮し、翼を動かす。それだけで風が起こると、靄であるゴースは霧散する。だけれど、すぐに集まり、ゴースとして元に戻る。
「それを狙ってたんだよっ! ムクホーク、ゴッドバード!」
ムクホークの攻撃が『ゴースだけ』を貫いた。
「……ごめんね」
倒れたゴースにトウコは手を合わせた。気絶しているゴースを見て、トウコは少し考えた。この強さ、野生のポケモンとは思えない。そしてトレーナーを操ったと言う部分から、偏見かもしれないが、トレーナーにどこか憎しみを抱いていたのではないだろうか。ここはバトルができる電車だと思うが、先程乗る前も、ホームで卵を抱えて走っていた人がいることから、卵を孵化させる場所として選ばれている。
「もしかして君……捨てられたの?」
どの地方にも『廃人』は存在する。トウコは何人もの廃人を見てきた。優秀な個体値を求め、理想の個体値で無かった時に、捨てる。そんなトレーナーを見たし、そのせいでトレーナーを憎むポケモンも知っている。レベル1で捨てられて死んでしまう子もいた。捨てられたポケモンがどんな末路を辿るのか。それでも効率性を求めるトレーナーは、その行為を止めない。
死んでいくポケモンは増えていく。ゴースも、同じ、なのだろう。
「……ポケモンとトレーナーは共存できると唱えたトレーナーがいるの」
トウコはゴースをボールに仕舞った。
「君は嫌がるかもしれないけれど、私と一緒にいてくれないかな。君がもし、私と一緒にいて〝それでも人間とはいられない〟と思ったら教えてほしい。その時は君の望むように野生に戻す。だけど、それまで一緒に私と〝共存〟を考えて」
トウコがボールにキスをしたと同時に四両目の扉が開く。何事だろうかと見れば、そこには緑色の制服、つまり鉄道員が立っていた。その目は驚愕で開かれており、倒れているトレーナーとトウコを見る。トウコはつい頬を指で掻くが、トウコは『多分大丈夫だろう』という気持ちがあった。
「……これは一体」
「うんと、事情説明必要?」
「できればしてほしい。そこに倒れているトレーナーにも事情を聞きたい」
鉄道員に言われ、トウコは息を吐いた。少しだけ面倒になりそうだが今更な話だ。
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ゴースがこの地方にいるのは珍しいことではない、と話を聞いた鉄道員は言う。最近マナーの悪いトレーナーが増えていて、それが問題になっていても対処できていないのが現状だ、と。どんなに『レベル1のポケモンを捨てないで下さい』と言ったところで、そこはトレーナーたちのモラルの問題だし、一人一人を監視することもできない。このゴースも、そんなモラルの悪いトレーナーにやられたのだろう。言ってしまえば、操られたトレーナーは不運なだけだ。