ここで生きていく
そして、それに巻き込まれたトウコも同様に不運なのだろう。
「……つまり、われわれは悪くない、と言いたいわけですか?」
トウコは鉄道員を責めるように、少しだけ怒りを露わにする。出されたお茶には一切手を出さず、鉄道員を睨むと、鉄道員は困ったように、手を振り始めたが、『自分たちが悪い』とは一切言わなかった。確かに、鉄道員は悪くないだろう。だけれど、ここでポケモンが捨てられているのもまた事実なのだ。見つけたポケモンを保護する、なんて一々できることではない。トウコもそれを分かっている。
分かっているだけに、捌け口が無くて苦しいのだ。
「〝廃人〟なんて言われる人もいれば、エリートと呼ばれる人もいる。愛情を注ぐ人もいれば、注がない人もいる。悪いのはココ、とは言いませんが、ゴースが人に憎しみを抱いているのもまた事実。それに何か対策をしようとしたことは無いのですか?」
「じゃあ、どうすればいい、とあなたは思いますか」
トウコは奥歯をギリッと噛む。
対策なんて、思いつかない。一匹を拾えば三匹が捨てられる。どんなにやってもイタチごっこだ。この世にトレーナーがいる限り、廃人もまた消えることが無い。トレーナーがいなくなればいい、なんて考えをトウコは持てない。持っていなかった。
「それでも――――……」
そう言葉を出そうとした時だった。騒音が響く。
トレインからこの部屋は離れており、トレインの騒音ではない事は誰にでも分かった。
『トレインに怪しい装束の奴らが……!』
インカム、と言うのだろうか。声がトウコの耳にも届いた。
『こいつら〝ポケモン解放〟とか言って……たす、け』
そこで声は聞こえなくなった。鉄道員は「おい」と言うが、返事は無く、トレインで騒動があったことがわかる。そして先ほどの音からして、この騒動はトレインの中だけのことではない。
「君! 君はここで……って、ああもう!」
ボスに怒られる! という言葉が後ろから聞こえたが、トウコは走っていた。野次馬根性ではなく、嫌な予感がしたのだ。音がする方に走れば徐々に聞こえるのはポケモンの声と、煙の匂い。施設が破壊されている、のだろうか。そっと覗けば、そこにはインカムで聞いた『怪しい装束』の人たちがいた。時代遅れかそれとも先を行き過ぎたのか。明らかに怪しい、集団だった。全員同じ格好をしていて、トレーナーたちはロープでぐるぐるに巻かれており、白い袋からボールが見えた。
それは、ほかの地方でも見た『悪の組織』らしい行動だ。
「ポケモンを無理やりバトルさせるトレーナーたちよ! 我々はプラズマ団だ」
怪しい装束の一人が言う。プラズマ団、と名乗る彼らが言うには、ノッテタタカウを提唱するこの施設は、ポケモンを無理やりバトルさせるトレーナーからポケモンを『解放』させるのが目的らしいが、つまりはトレーナーからポケモンを奪う行為。
そして彼らの横にいるミネズミたち。それを見ると、疑問が浮かぶ。
ポケモンを連れているということは彼らもトレーナーじゃなかろうか。トレーナーからポケモンを『解放』させると言う彼らが『トレーナー』なんて矛盾ではなかろうか。
ポケモンを野生返す方法、というのは実は簡単で、普通ならパソコンでその手続きをして、野生に返すのだが、それ以外の方法はもう一つある。モンスターボールを破壊し、ポケモンに『サヨナラ』と告げることだ。ポケモンの前でそれをやるだけで、ポケモンを野生に返すことができる。それを彼らは行うつもり、なのだろう。サヨナラ、と誰かが告げればいい。それだけ。
「――――ふざけんな」
トウコはぽつりと呟いた。
トウコは様々な地方を見て、色々なトレーナーに出会った。その中にはトレーナーに道具として扱われている子もいたが、みんな幸せそうに笑っている。
トレーナーだからって、好きじゃなかったら言う事なんか聞かない。
好きだから、トレーナーとして認めてて、一緒にいたいと願うから、ポケモンはトレーナーの言う事を信じてバトルをするのだ。それを一方的に決めつけて『解放』するなんて、他人が行う事ではない。それは、家族を引き離すのと同じことだ。
「そんなの、おまえたちの……おまえたちの欲望を他人に突き付けてるだけじゃないか!」
意見をごり押しして家族を、友達を、相棒を、奪うなんてことは許されることだとすれば、誰もがそれを貫く。
意見とは、違う考えも受け入れることで成り立つことではないだろうか。違う意見を知り、間違いも正しさも受け入れる。
奪うだけなんて、あってはいけないことなのだ。
「ラッタ! どろぼう!」
トウコはバトルのために技を覚えさせているわけでは無い。バトルではなく、トレーナーとして、生きることがトウコであり、それが今回役に立った。ラッタは素早い動きで袋を奪う。ラッタが嬉しそうに笑ったところを、ボールに戻すと、袋を奪われて当然プラズマ団はトウコに気付いた。
「貴様、何者だ!」
「人に名前を聞くときは自分が名乗るべき。プラズマ団、ではなく本名を名乗れば? 私の本名を聞くのだから当然でしょう?」
その言葉にプラズマ団は顔を少しだけ赤くした。多勢に無勢。どう考えてもトウコが不利である。だが、トウコは笑っていた。袋を取り返しても、それを持って動くことはできない。つまり、トウコの背後に彼らを通すことは出来ない、と言う事だ。トウコは生唾を飲み込む。
どんなに強いトレーナーであっても、トウコは子供であり、一人のトレーナーでしかない。ポケモン一匹で大勢のポケモンを倒せるのは、本当に強い人だけだ。
「われわれの崇高な考えを理解できぬ子供に名乗る名前は無い」
「なら、私も――あなた達のような、浅はかな考えを〝自分の意見〟と信じる大人に名乗る名前は無い、と言う事だ」
その言葉にプラズマ団の一人がミネズミをけしかける。ポケモンを出していない無防備なトレーナーにダイレクトアタック。それは普通ならばルール違反だし『やらないだろう』と考える。
「キレイハナ。はなびらのまい」
トウコの背後から出てきたキレイハナは、綺麗に舞う。花びらがゆらゆらと揺れて、ミネズミの周りに、そしてその花びらがミネズミを静かに倒れさせた。
「……くそっ!」
周りのプラズマ団もポケモンを出してきた。先ほどと同じミネズミ、または進化しているポケモンもいれば、その数はキレイハナだけでは倒せない数だ。はなびらのまいは連続攻撃だが混乱する効果も持っている。戻してもいいが、それだと攻撃を受けるのはトウコだった。
「ッチ!」
トウコが出した結論は、キレイハナを戻すことだった。戻すと同時に袋の開閉部分を結び、リュックのように背負うと、ポケモンを避けて走る。縛られているトレーナーたちが不安そうにしているが、この袋を渡すわけにはいかないし、やられるわけにもいかなかった。
「考えろ、考えろ」
先ほどノーマルに乗っていた時の二戦目。ミネズミの進化形と思われるポケモンが出てきた。そのポケモンの技は確か、一つが『催眠術』
「ミルホッグ、催眠術だ!」
「く……!」
目の前に現れたミルホッグの目、ヤバイ、と思った時。
「アイアント、シザークロス」