MuV-LuV 一羽の鴉
香月を納得させるのはいささか難しいかもしれないが…仕方のない事だろう。
数回この世界をループしていると言うのならば、この先に起こる事が分かっていると言う事だ。
それを香月に教え、本当に起こるかどうか確かめればいいだけのこと。
…だが、この世界には俺と言うイレギュラーが存在してしまっている。
俺と言う存在が、この白銀と言う少年が体験した世界にどう異変をもたらすのかは…誰にも分からない。
「はぁ…取り敢えず二人とも座りなさい。詳しく聞かないことには始まらないわ」
長くなりそうだな…そんなことを思いつつも、部屋の中にある椅子に腰を掛ける。
「あ、シルバはコーヒー淹れて頂戴」
「…ったく」
せめて座る前に言え。
そう思いつつも椅子から腰を上げ、人数分のコーヒーを淹れようとする。
「あ、俺は結構です」
とのこと事なので、コーヒーは何時も通り二つ。
淹れたコーヒーの一つを香月のテーブルの上に置き、もう一つは自分で持ちながら再び椅子に腰を下ろす。
「さて、何から聞こうかしらね…。白銀、あんたはこの世界を二回ループしてるって言ったわね?前回のループはどこまで行ったの?」
どこまで行ったの、とはオルタ5はどうなったのか、BETAはどうなったのかと言う事だろう。
世界を救おうとしている香月にとって一番気になる所だ。
「オリジナルHIVEは制圧する事が出来ました。それと同時に00ユニットは死に…俺は元の世界に帰れる筈だったんです」
オリジナルHIVEを攻略する事が出来たのか…。
その事に感心してしまうが、00ユニットが死んだ。そう白銀が言った瞬間、彼の目に涙が浮かんだのが分かった。
「冥夜達を犠牲にし、純夏も犠牲にし、俺は元の世界に帰れる筈だった…!なのに、どうして!」
今まで溜め込んでいたものを吐き出すかのようにそう叫ぶ白銀。だが現実は現実だ。白銀がこの世界に再びループしてしまっている以上、それに何らかの原因が生まれてしまったのだろう。
あと、冥夜と言うのは今横浜基地にいる訓練兵の事だった気がする…。他の訓練兵に比べて良い成績を残している部隊だと。
つまり白銀はその部隊のメンバーと共にオリジナルHIVEを攻略したと言う訳か。だがその冥夜達は死に、00ユニットも失った。
その事がどう白銀が元の世界に帰る事とつながるかは分からないが、香月には理解出来ているのだろう。
横目で香月の様子を伺ってみるが、とても冷静だ。恐らく、白銀のいっている事を解析している。
00ユニットが死んだ、と言う結果を聞き、これからどうするか、どう改良して行くか、恐らくは既に先の事を見ている筈。
「白銀」
「…はい」
「私はあんたが経験した世界の私じゃないから分からない事は多いけど…あんたは本当に元の世界に帰りたいと思ったの?」
「ッ!…それは」
香月の問いに対する解答は白銀の反応が物語っていた。
白銀が見せたあの涙。恐らく白銀は仲間を犠牲にしてまで元の世界に帰りたいとは思わなかったのだろう。
オリジナルHIVEを攻略する事が出来ても、周りにいた仲間は誰もいない。それなのに自分だけ元の世界に帰る。それが白銀には出来なかった。
「あんたが元の世界に帰れなかったのはそれが原因かもね。仲間を失った世界で満足する事は出来なかった。その事が白銀に強く思わせてしまった。もう一度、と。違う?」
強い思いだけで世界をループするってことか?…そんな馬鹿な…。
香月の言った事に少しだけ呆れてしまうが、香月がそう言う以上、それを立証する何かが香月の中にはあるのだと思う。
「ッ…はい。そうです。夕呼先生の言う通りです」
…。
「白銀…と言ったか?」
「はい。そうですけど…?」
「俺はお前が思った事は間違えていないと思うがな。お前が何をどう思い、元の世界に帰りたいと思うのかは分からないが、俺だったら仲間を犠牲にしてまで帰りたいとは思わない。やり直せるならやり直したい。そう思う筈だ」
もし特殊任務部隊の奴らを失う事になったら…俺はどうなるか分からない。
それ程俺はあいつらに寄りかかってしまっている。そしてあいつらもそれを受け入れてくれている。
今まで人の温もりを知らなかった俺は他の人間よりも大きく溺れてしまっているのだと思う。
「そしてお前はそう思い、再び世界をループしてしまっている。なら何を悩む。お前はもう新しいループを始めてしまった。なら前のループの事を悔やむよりも、この新しいループで何をすべきか考えるべきじゃないのか?どうすれば仲間が死なないように。違うか?」
「そう…ですね。すいません。恥ずかしい所を見せました」
「気にするな。…この新しいループがどうなるかは分からないが…俺も出来る限り君に強力しよう。こう見えて俺は強いからな」
「自分で言うな」
香月の鋭い突っ込みがあった気がするが…無視しておく。
…思わず柄にない事を言ってしまったが、言わずにはいられなかった。俺も仲間を失うと白銀のようになってしまうのか、と言う疑問を抱いた瞬間、口が勝手に開いてしまった。
それと同時に、仲間を失い落ち込んでいる白銀を見ていられなくもなってしまった。恐らくいつの日か自分もこうなるのかと重ねてしまったのだろう。
まぁそうならないためにも頑張っているんだけどな。
「ありがとうございます。えっと…」
「シルバで構わない」
「はい。ありがとうございます、シルバさん!」
少しばかり元気になった白銀を見て俺も少しだけ安心してしまう。
「ちょっと、此処で熱い友情を見せつけるのはやめてくれない?部屋が蒸れちゃうわよ」
「…」
「…」
「じ、冗談よ冗談!二人してそんな目で見ないでくれる!?」
香月はどんな場面になっても本当にブレない人間だな…改めてそう実感してしまう俺である。
だが香月が空気を切り替えてくれた御蔭で次の話に移りやすくなった。本人のその気があるかどうかは分からないが。
「白銀。お前が世界をループしていると言う事は何時何が起こるか分かる、と言う事だよな?」
「はい」
「ならこの先何が起こるか教えてくれないか?今日の日付から近い日だけで構わん。あんまり先の事を教えられても意味がないだろうからな」
意味がないと言うのは、あまり先の事を教えられても、俺と言うイレギュラーの存在で未来に変更があるかもしれないからだ。
否、恐らく未来は変わってくると言う確信がある。自分でも何故かは分からないが。
「俺の記憶が正しければ…11月11にBETAが新潟に上陸します」
11月11日…今日の日付は確か…まだ4月か。随分と先の話なんだな。
「そう言えば香月、つい二ヶ月程前にも新潟にBETAが上陸しなかったか?」
「え?そう言われればそんな事もあったかしらね」
となると…新潟にBETAが上陸するのは二度目か。
先々月の上陸は帝国軍が撃退してくれたからいいものの…またBETAが上陸してくるとなると、前回の被害が回復していない以上少しばかり苦戦を強いられるだろう。
作品名:MuV-LuV 一羽の鴉 作家名:コロン