MuV-LuV 一羽の鴉
それでも速瀬からの反応は何も返ってこないので、恐らくは寝ているのだと思う。
よくこの態勢で寝れるな。苦しくないのか?と思うが、そんな事よりも起こして上げた方がいいだろう。
この後にはシミュレーター訓練もあるからな。
「起きろ」
寝ている速瀬を揺すり起こそうと手を伸ばす。
あと少しで速瀬の肩に触れる、そう思った瞬間、寝ていると思っていた速瀬が勢いよく体を起こし、俺の手を掴んだ。
思わず体がビクッとなり、反射的に掴まれた手を振りほどこうとするが、速瀬が俺の手を力強く握っているせいか、振りほどくことが出来なかった。
これはまずい…。
女性が寝ている部屋に勝手に入り、起こそうとしてたが、手を伸ばそうとしている所を見られてしまった。
特にその女性が速瀬なんだ…何を言われるか分かったもんじゃない…!
そう心の中に焦りが生まれるが…一向に速瀬の怒声は飛んでこない。
どうしたんだ?と思いながらも速瀬の方に視線を写してみると、相変わらず顔を真っ赤に染めていた。
「お、怒ってる?」
怒ってるも何も悪いのは俺だろうに。
「約束を破ったのは俺だろう?怒ってなんていない」
そりゃあ頬を叩かれた事に関しては少し納得いかないが…その原因を作ってしまったのも俺だ。
此処で俺が怒るのは筋違いだろうに。
そう思っていると速瀬は、そっか…と小さく呟きながら俺の方に視線を合わせてきた。
当然視線と視線は絡み合い、なんとも言えない空気が部屋の中を包み込んだ。
「ね、ねえ…」
「なんだ?」
「こ、これからはさ…名前で呼んでくれない?」
…?名前で呼ぶくらい全然構わないが。
「それくらい問題ないが」
「じ、じゃあ、これからは名前で呼ぶこと!分かった!?」
突然美月が体を俺の方に寄せてきたので少しばかり驚いてしまう。
しかし、俺が名前で呼ぶことを了承した美月の表情は何処か嬉しそうでもあった。
名前で呼ばれる事がそんなに嬉しいのだろうか?
「あ、ああ」
そんな勢いのある美月に押されながらもそう答える。
俺の答えを聞いた美月は満足気に大きく頷くと俺の手を離し、ベッドから降り、出口の方へと早歩きで俺を置いて歩いて行く。
一体何が嬉しいのか、最初から最後まで顔を真っ赤に染めていた美月の心情がイマイチ分からない俺であった。
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー
ー
「おいおい…腕は本物って事か」
シミュレーター訓練による結果は俺の予想を上回るものだった。
白銀vs特殊任務部隊。
結果としては白銀の圧勝と言ってもいいだろう。
白銀は連戦にも関わらず、特殊任務部隊の全員に勝ってしまったのだから。
と言ってもその内容は結構惜しいものも幾つかあった。
伊隅、速瀬、宗像の隊長を務める三人はかなり白銀に食いつき、大破寸前にまで追い込んでいた。
しかし、最後を決める事が出来ず、三人とも負けてしまった。
特殊任務部隊が負けた一番の要因としては、やはり操縦の美味さだろう。
白銀は戦術機の三次元機動を最大限活かした戦い方をしている。
世界を二度ループしているとしても、あれは才能が大きだろうな。そう思わずにはいられない動きをしていた。
「このような結果しか出せず…すいません」
皆の気持ちを代弁しるかのように伊隅がそう言ってきた。
…本来なら何か言ってやりたい結果だが…あの動きを見せられたら仕方がないだろう。
「いや、お前らはよく頑張った。今回は相手が悪かったと思っとけ」
実際相手が悪かった。
BETAとの戦闘で、相手が悪かった、などと言えはしないが…白銀の技量を見抜けなかった俺も悪い。
「後は俺に任せとけ」
珍しく落ち込む伊隅の肩に手を置き、シミュレーターの方に近付く。
既に俺との戦闘を準備している白銀に疲れはそれほど見えない。
「いけそうか?白銀」
「はい。俺は大丈夫です」
「分かった。それじゃあ早速始めよう。涼宮!頼んだ!」
シミュレーターに乗り込んだ白銀を確認してから、俺もシミュレーターの中に入る。
俺が入ると同時にシミュレーターは起動し、視界には市街地の風景が広がる。
場所は市街地、か。
障害物が多い場所だな。いかに相手の隙を突き、多く存在する足場を利用して相手を翻弄するかが重要になってくる。
今までの白銀の戦い方を見る限りビルを利用した三次元機動で攻めてくるだろう。
「これより戦術機同士による模擬訓練シミュレーターを行います。場所は市街地を想定。準備はよろしいですか?」
「大丈夫だ」
「行けます!」
「それでは…模擬戦、開始!」
涼宮の掛け声と共に模擬戦は開始された。
開始の宣言がされると同時に機体を動かし、ビルの隙間を潜り、場所を大きく迂回する形で白銀の背後の方へと回り込もうとする。
まずは機影を確認しなければ戦闘は始まらない。
白銀の裏を取るつもりで動いているが…何時自分も裏を取られるか分からない。常に神経を研ぎ澄まさなければならない。
が、白銀機の機影は一行に見当たらない。
…埒があかんな。此方から仕掛けてみるか。
そう思い、右手に持つ突撃銃を遠くに見えるビルに向け発砲。口から飛び出した弾丸は全てビルに命中し、その瓦礫を周囲に四散させた。
それと同時に俺も移動を開始し、近くのビルに機体を隠す。
本来ならこれで白銀が釣れるとは思わないが…今回はこの挑発に乗ってくれるだろう。
「ん?」
そう思うと同時にセンサーが白銀機の機影を捉え、その場所を俺に知らせてくれる。
その位置は先程俺が居た場所の裏側。
この短時間で俺の居場所を特定し、裏に回り込むか。
頭の回転は早いかもしれないが…もう少し考えるべきだったな!
白銀機の機影を捉えると同時に跳躍ユニットを使い、白銀機の横に飛び出る形で空へと飛び出す。
空へと飛び出した俺の機体をいち早く捉える白銀機だが、既に俺は突撃砲を構えている。あとはトリガーを引くだけだ!
躊躇なく二つ構えられた突撃砲のトリガーを引き、それと同時に弾丸の雨が白銀機に降り注ぐ。
しかし、その弾丸の雨を白銀はビルの裏に入る事によって回避する。
まぁそれも予想済みだ。
白銀機がビルの隙間に入った事を確認し次第、標的を白銀機が隠れたビルに変え、弾倉が尽きるまで打ち尽くす。
下を集中的に狙われたビルは当然の如く下部分が崩れ、それに連なるようにしてビルが倒壊してゆく。
それと同時に空になった弾倉を捨て、リロードする。
リロードがも完了し、倒壊しているビルに跳躍ユニットを用いて最大限の速度で近付く。
右腕に構えていた突撃砲は背中に回し、その変わりに長刀を構える。
ビルに近づきながらもリロードを終えた左腕の突撃砲をばらまく。
「さぁ、どうでる?」
倒壊しきったビルの近くにたどり着くが、既に白銀機の機影はない。
それを確認したと同時にセンサーが白銀機の機影を捉えた。
場所は…俺の真横!
作品名:MuV-LuV 一羽の鴉 作家名:コロン