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MuV-LuV 一羽の鴉

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「俺が良いと言ってるんだから気にするな。なんなら神宮寺教官もやりますか?」

「い、いえ!私はいいです!」

 おっと、これは以外だな。

 噂に聞いていた人物像だったら受けてきそうだったんだが…所詮は噂って事か。

「さて…冥夜と言ったか?使いたい武器があるなら使ってもいいぞ」

 格闘訓練と言っても拳でやるわけじゃない。

 自分が最も得意とする武器を更に使えるようにした方がいいからな。

 俺はそう言うつもりでいったのだが、どうやら冥夜は俺の言葉の意味を挑発と思ったようで、少しばかり顔を歪めていた。

 だが俺の言葉に反論する訳でもなく、後ろに控えていた榊から一本の木刀を貰っていた。

 この際何故木刀を持っていたか聞くのはやめにしよう。

 冥夜が纏う気迫は本物だ。

 俺が負ける、と言うことはまずないが、一撃入れられる可能性は無きにしも非ず、だ。油断せずにいこうじゃないか。

「合図はない。何時でもかかってこい」

 上着を神宮寺に渡し、拳を構える。

「…シルバ少佐は武器を使わないのですか?」

 まぁそう思うのも仕方がないか。

「俺の武器は自分の拳だ」

 少し格好いい事を言ったつもりだが、これは全くの嘘だ。

 俺の本来の武器は小型のナイフ。

 本来の人間よりも向上した動体視力を駆使し、相手の急所に一撃を放つスタイルだな。

 …最も、向上している身体能力だけで相手をねじ伏せることも可能だが。

「分かりました…では、行きます!」

 冥夜の気合の篭った掛け声と共に、格闘訓練は開始される。

 鋭い踏み込みで真正面から接近して来る。速度は申し分ないが…真正面から来るとは俺も舐められているな!

 瞬時に俺の目の前まで到達した冥夜は間髪入れずに木刀を横に一閃するが、そぼ木刀が振り切られる前に、足で冥夜の腕を蹴り上げる。

「っな!?」

 まさか木刀を振っている腕を蹴り上げられるとは思ってもいなかったのだろう。

 驚愕の表情と共に、あっけなく冥夜の体が晒される。

 当然大きい隙が出来た冥夜を見逃す訳もなく、先程放った蹴りに連続して後ろ回し蹴りを冥夜の鳩尾に入れ込む。

「ッ…!」

 小さなうめき声と共に後ろに吹き飛ぶ。

 当然力は抜いてある。あの程度で訓練をやめる訳にもいかないからな。

 それに今の冥夜は俺の実力を小手調べするために真正面から来たのだろう。

 だが、手痛い一撃を受けた今なら冥夜本来の実力が見れる筈だ。

「ぅ…」

 流石に鳩尾を蹴られた冥夜は苦しそうにうめき声を上げるが、それでも再び立ち上がり、木刀を構えた。

 今度は真正面から来ようとはしない。

 どころか逆だ。自分からは仕掛けようとはせず、わざと隙を見せる事で俺の攻撃を誘っている。

 …正しい選択だ。相手の技量が自分の技量よりも上の場合は相手の隙を見極め、カウンターを決めるしかない。

 冥夜本人が俺の実力は自分よりも上だと判断した結果だろう。

 なら俺はその誘いに乗るだけだ。

「っふ!」

 小さく息を吐き出し、地を蹴り、一気に肉薄する。

 そのまま冥夜がわざと作り出したであろう右脇腹付近にフックを繰り出す。

 が、当然この攻撃を予測していた冥夜は体を半歩ずらすことによって回避し、間髪入れずに木刀を俺の喉元目掛け突いてくる。

 当たれば当然死ぬ程の威力が篭っている。それだけ冥夜も本気だと言う事だ。

 だが死ぬ程の威力が篭った攻撃でも当たらなければ何も問題はない。

 冥夜の放った突きを右手で払いのけ、そのまま体を冥夜にぶつける。

 避ける術もない冥夜は俺のタックルを受け、後ろへと僅かに後退する。

 追撃しようと思えば追撃出来るが、これはあくまで訓練であり、自分の何が悪いのか見直す時間を与える事が大切だ。

 今のもいきなり俺の急所を狙おうとせず、守りの攻めに徹していればタックルを受ける事にはならなかっただろう。

「…」

「…」

 俺と冥夜の間に無言の時が過ぎる。

 冥夜の様子を見る限りどう動けばいいか悩んでいるのだろう。

 真正面から突っ込むようなら最初のようにカウンターを喰らい、俺を倒そうと必殺の一撃を繰り出そうものなら前者と動揺にカウンターを喰らう。

 今俺は自らの武器であるナイフは使っていないが、それでもカウンターをとってしまう癖はあるようだ。

 さて…冥夜は何時になったら気づくのだろうか。

 拳と木刀。

 そのリーチは考えるまでもなく冥夜の方に旗が上がる。

 ならそのリーチを活かした攻撃を本来うまく使うようにすればいいのだが…俺の格闘能力に驚いているせいか、うまく頭が回っていないようだ。

 俺の能力が高いなら逃げながら戦えばいいものを…。

 逃げながらと言っても、相手に背中を見せると言う意味ではない。

 常に俺の拳の届かない位置に陣取り、俺が近づけないように攻撃を仕掛ける。これだけでいいのだ。

 自分よりも強い相手に遭遇してしまった場合は、勝つことを考えるのではなく、自分が生き延びる事を考えた方が良いに決まってる。

 もし俺と冥夜の実力差が少しのものなら、多少勝ちを狙ってもいいが、今までの結果を見る限りその実力差は歴然としている。

 まぁ…頭でどうこう考えるよりは、体を動かした方がいいか。

 そう考えた俺は先程とは違い、ジリジリと距離を詰めて行く。

 先程のように速度を出さないのは、冥夜にリーチの違いを気づかせるためだ。

 俺がゆっくりと冥夜との間合いを詰めていけば、必然的に冥夜は俺とのリーチの差に気づいてくれる筈だ。

「はぁ!」

 リーチの差に気づいてくれたのかは分からないが、必然的に先手を打ってきたのは冥夜。

 大きな掛け声に反し、小さく小振りな一撃が俺に襲う。

 その一撃を体を傾かせる事で避けるが、すかさず次の一撃が返ってくる。

 避けては返しの一撃、避けては返しの一撃の繰り返しだ。

 その間にも俺は距離を詰めるのだが、冥夜は俺が距離を詰めた分だけ距離を開けてゆく。

 ようやくリーチの差に気づけたようだ。

「だがまぁ…まだまだだな」

 誰に聞かせる訳でもなく、そう呟いた後に、幾度となく繰り出される斬撃の隙間を縫い、瞬時に冥夜の懐に入り込む。

 冥夜の腕は決して悪くない。

 寧ろこの年齢でこれだけの腕を持っているということは相当鍛錬したのだろう。

 …だが相手が悪い。

 幾ら鍛錬をつもうが、幾ら才能があろうが、根本的な所が違う俺には…勝てない。

「ッ!」

 瞬時に懐に入られた冥夜は苦々しい表情をすると共に、苦し紛れの一閃を放つが、意味はない。

 俺に向かって振られている木刀を持つ腕を掴み、冥夜の後ろに回り込み、足を払い地面の上に倒す。

 此方は腕を掴んでいるのだから、地面に倒された冥夜には何も出来ない。

 結果…俺の勝ちだ。

「まだやるか?」

 結果は目に見えているが、一応は負けの意思を示させた方がいいだろう。

「…降参…です」

 ギリッと歯を食いしばる音が聞こえた。
作品名:MuV-LuV 一羽の鴉 作家名:コロン