こらぼでほすと 解除4
しばらく、黙っていた刹那は、携帯端末でスメラギを呼び出した。プランは必要ではない、という連絡だ。相手も、「そのほうが無難だわね。」 と、苦笑した口調で告げてきた。ティエリアの勢いに負けて、一応、引き受けたものの、どう考えても組織のMSを動かせる理由が見当たらなかったらしい。それから、ティエリアのほうに向き直る。
「スメラギも、俺と同意見だった。プランはない。組織で、行なう部類のミッションではないからな。紛争に武力介入するなら、まだしも、人質の奪還なんて、組織で行なえるものじゃない。それも、相手がラクス・クラインでは、俺たちと『吉祥富貴』が繋がっていることを世界に公表するようなものだ。どちらにも不利にしかならない。」
淡々と事実を告げて、刹那は口を閉じる。ニールがマイスターだったとしても、組織は動けない。マイスターは組織の部品だ。どこかで事故に遭っても、助ける云われはないのだ。
「刹那っっ。」
「ティエリア、マイスター組リーダーと戦術予報士の言質があってもやるというなら、おまえを規律違反で独房に叩き込む。」
「だがっっ、ニールの命がっっ。」
「キラたちは優秀だ。俺は信じている。・・・整備に戻るぞ? ロックオン。そちらのほうが重要だ。」
スタスタと刹那は、ブリーフィングルームから踵を返す。はいはい、と、ロックオンも後に続くが、振り向いた。
「ティエリア、刹那の言う通りだ。俺らが騒ぎを起こしたら、ユニオンや連邦から叩かれる。今は、それに抵抗する戦力がない。・・・それに、俺もキラたちは信じてるよ。あいつら、兄さんを無事に、こっちに連れて来るだろう。だから、準備を万全にしておこうぜ? 俺らにできるのは、そっちの仕事だ。」
あれだけ慕われているのだ。下手なことはされないという確証が、ロックオンにもある。万が一の場合は、犯人に宇宙から攻撃してやるつもりはあるが、それもないと信じている。
「ティエリア、たぶん、刹那だって飛び出して行きたいんだよ? でも我慢してると思うんだ。」
残ったアレルヤが、フォローに廻る。ティエリアが慌てることなんて滅多にない。大切なおかんを盗まれたから、慌てているのが、とても人間らしくて可愛いとは思う。そっと抱き締めて、声をかけると、ティエリアは大きく息を吐き出した。
「・・・・・・・」
「ん? なに? 」
ぼそっと胸の辺りで吐き出された言葉は小さすぎて、アレルヤには聞こえなかった。耳を寄せるようにすると、「悔しい。」 と、聞こえた。
「刹那に正論で諭されるとは・・・・俺としたことが、とんだ失態だ。」
「でも、そういうティエリアが可愛くて、とても人間的で、僕は好きだよ? 僕だって、飛び出したい気持ちはあるんだ。・・・でもね、まだ新しい機体はロールアウトしてない状態では、動けないし、僕らが派手なことをしてキラたちにも迷惑がかかるのは本意じゃない。」
アレルヤも裡にいるハレルヤも激怒はしているのだ。ただ、ハレルヤが、「俺たちじゃなくて、キラたちが始末をつけることだ。」 と、言うから我慢している。万が一の場合、キラたちはユニオンの首謀者たちを血祭りにあげるだろう。そうなったら、個人的に参加するぞ、とも言う。それはそうだな、と、アレルヤも納得はした。
「・・・・違うんだ。 ユニオンとキラたちが派手に衝突するなら、紛争ということで、俺たちが出張れると考えたんだ。」
「ああ、そういうこと。」
ティエリアも、組織の理念を蔑ろにするつもりはない。キラたちが派手な奪還作戦を遂行してくれれば、それを理由に出来ると踏んでいたのだ。それなら武力介入の理由にはなる。だが、リジェネの情報からすると派手な戦闘にはしないらしいので、戦術予報士に、そこいらの問題をクリアーできないか依頼していた。もちろん既存のMSしか現存していないから、戦力としては弱い。そこいらもキラたちと連携すれば、どうにかなると考えたのだが、刹那のほうが正論だった。ソレスタルビーイングは、絶対的な抑止力として天上から戦争を引き起こす人間を監視するのが目的だ。それだけではないが、名目はそういうものだ。その理念からすれば、おかんの奪還なんて個人的理由での出撃はできないのだ。
「兎に角、僕らも情報を集めよう。もし、ヘルプの依頼が来たら、その時はスメラギさんに、なんか言い訳を考えてもらって救出に向かえばいい。その準備だけはしておこうよ? 」
「・・・そうだな・・・」
「大丈夫だよ、ティエリア。キラたちは優秀なんだからさ。それに、僕らのおかんのことも大切にしてくれてる。きっと助けてくれる。」
「わかっている。・・・・ここまで来て、ニールを喪うわけには行かない。・・・・兎に角、準備だ。」
エマジェンシーが入ったら、即座に対応できるように、ティエリアも気持ちを切り替える。そして、しみじみと人間というのは成長するのだな、と、気付いた。以前の刹那なら、確実に掟破りの地上降下をやらかしていたはずだからだ。だが、刹那は冷静だった。マイスター組リーダーとしての意見を提示してきたのだ。あれが経験によるものなんだな、と、少し微笑んだ。イノベーターに進化して刹那は成長したからのことだ。
「アレルヤ、蓄電させるのにアリオスの動力を使う。動かしてくれるか? 」
「了解。ドンマイだよ? ティエリア。」
「うるさいっっ、さっさと行け。」
心の中は嵐だが、ティエリアも深呼吸して、自分のできることを考える。リジェネからの実況連絡を受けつつ、飛び出す算段をすることにした。刹那が、そういうなら、俺は我武者羅なまでに自分の思う道を進んでやる、と、思い直したのだ。どこかで間違っていたら、きっと刹那が正してくれる。それなら思うままにやるほうがいい。
刹那は、一区画ほど進んだところで立ち止まった。そして、壁を力任せに殴りつけた。後から追い駆けていたロックオンが、その音で、びくっとするほどの派手な音だった。
「刹那、何やってんだ? 手は大丈夫か? 」
グローブで保護されているとはいえ、相当、激しく叩きつけた。打撲ぐらいはしているだろう。近くまで来たら、「すまない。」 と、謝られた。
「何が? 」
「冷たいことを言った。家族なのに・・・助けに行くべきだと理解しているのに・・・できない。」
ぎゅっと唇を噛み締めている刹那に、あーあーとロックオンは微笑む。刹那が、どれだけおかん大好きっ子なのか、ロックオンは、よく知っている。それに、ようやく治療できることを一番喜んでいたのも刹那なのだ。それなのに、この土壇場で、この騒ぎは、キツイだろう。本当はダブルオーで急行したいところなのだ。だが、キラたちのミッションを邪魔することになるし、組織として認められない行動だから自制した。刹那の考えは正しい。ただ、感情は暴走する。心配で心配でたまらない気持ちだけは抑え切れなかった。そう思うと、亭主が愛しくてたまらないとロックオンは抱き締める。
作品名:こらぼでほすと 解除4 作家名:篠義