ゆらのと
桂は餌づけに成功したとも言えるし、しなかったとも言える。
あの猫は桂がある程度まで近づくといつも逃げてしまった。
しかし、冬で寒いからと心配した桂が空き箱に毛布を入れて、それを軒下に置いておいたら、翌朝、あの猫のものらしい毛が毛布についていた。
それを見て、桂はほっと安心したように、嬉しそうに、頬をほころばせた。
そのときの表情が、頭によみがえった。
胸が締めつけられるように痛んだ。
感情が揺れる。
波のように揺れる。
揺れて、大きく揺れて、押し寄せてくる。
けれども、それは胸の中にとどめておくしかない。
ぶつける先は自分の胸しかない。
「銀さんは、どう思いますか」
新八が話しかけてくる。
なにも気づいていない様子だ。
銀時の中で感情が激しく揺れていることに、まったく気づいていないようだ。
もっともそれは銀時が望んでいることでもある。
この感情の揺れに気づかせたくない。
「まァ、それでいーんじゃねーの」
適当な返事をして、その場をやりすごした。
探していた猫が見つかったのは、その三日後のことである。
猫を経営者の家まで届けると、大喜びされた。
謝礼を予想していた以上にもらい、その夜、新八の家でいつもより贅沢な具材を使って鍋をした。
食べ終わり、しかし、まだ寝るには早い時間で、テレビを見ている新八と神楽に、ちょっと一杯ひっかけてくると告げ、銀時は外に出た。
橋の下の河原の屋台に行こうと思った。
そのつもりで歩いていて、だが、いつのまにか足は違うほうに向かっていた。
通い慣れた道のほうへと。
それに気づき、ハッとして、歩く方向を変えた。
なんとなく、屋台に行く気がしなくなり、けれども、新八の家にもどるのも決まり悪い気がして、別のところに行くことにする。
結局、万事屋に行った。
その近くの道で、知った顔と出会った。
お咲だ。
銀時と眼が合うと、お咲はふっとやわらかく微笑んだ。
「よォ」
声をかけた。
そのあいだも足を進め、距離が縮まる。
「なんか用かい」
「猫を見つけてくれたって聞いた。すごく喜んでいて、私も嬉しかった。だから、そのお礼を言おうと思って」
「礼を言うのはこっちのほうだ。謝礼をたっぷりもらったからな」
「仕事をして、その報酬をもらうのは、あたりまえのことでしょ」
お咲は眼を細めて、笑う。
「……でも、ここにいないかと思った」
そう言い、ちらっと万事屋のほうを見あげる。
「あの状態だし、よそで寝泊まりしてるんでしょう?」
「ああ。だが、屋台でちょっと一杯ひっかけるつもりで外に出たんだが、なんか、屋台に行く気がしなくなってな」
「それで、ここに?」
「ああ」
「じゃあ、私は運が良かったってことね」
そのお咲の言葉に対して返事するかわりに、銀時は軽く肩をすくめた。
自分と今夜ここで会ったことが、運が良い、とまで言うほどのことかどうか、わからない。