ゆらのと
「俺には、長いあいだ、ずっと、大切に想っている相手がいる。もう会えねェんだが、それでも気持ちは変わらねェ」
いつのまにか口が勝手に動いて、言葉を発していた。
うまくかわすためだけの言葉ではなく、真正直な気持ちが口から出ていた。
「……私は」
しばらく、お互いなにも言わなかったが、やがて、その沈黙をお咲が破る。
「大切にしてくれなくてもいい」
それは、つまり、銀時が他のだれかを想い続けていてもかまわないということ。
銀時にとって自分はなぐさみ者であってもかまわないということ。
「バカ言ってんじゃねェ」
言われたことの意味を理解すると、すぐに銀時はうち消した。
「アンタには、アンタとは考え方が違っていても、アンタのことを心配してくれる親がいるんだろ。だったら、アンタは、ちゃんとアンタのことを大切にする相手と一緒にいて、幸せにならなきゃならねーんだよ」
大切に想う相手が、そんなふうにだれかに大切に想われていることをまったく考えない者に粗略に扱われて不幸になっていくのを見るのは、悲しい。
少しして、お咲の身体が離れた。
お咲はうつむいている。
ふと、その横顔に笑みが浮かんだ。
さびしげな、苦い笑みだ。
それをじっと見ていると、お咲の口が開かれる。
「今まで生きてきて、自分の思うようにならないことは、たくさんあった。これも、そのうちのひとつなだけ」
ひとりごとのように言った。
お咲は続ける。
「それに、嫌なことばかりじゃないから、いいこともあるから、それで、やわらげていけるから、大丈夫」
穏やかな口調だった。
大丈夫、というのは自分をなぐさめるためではなく、気にするなということなのだろう。
自分にふられた相手が、ふった自分を気遣っている。
それを感じ取る。
情けねーよなァ、と思った。
昼下がり。
用があって出かけた帰りの道を銀時は歩いていた。
吹く風はやはり冷たいが、空はよく晴れていて、陽ざしは温かく、この季節にしては外でもすごしやすい午後だ。
これから特にしなければならないこともないので、のんびりと歩く。
そのうちに、橋に差しかかる。
船が行き交うこともあるような大きな川の上にかけられた橋である。
渡り始めて、進む先である橋の上の欄干の近くによく知っている者が立っているのに気づいた。
少し、眼を見張り、息を呑む。
桂だ。
笠をかぶっているが、その下の横顔や全身の印象から、すぐにわかった。
しかし、桂はこちらに気づいていない。
その眼は川のほうに向けられている。
川の上を、頭から腹まで白い鳥が灰色の羽を広げて飛んでいる。
冬になると川をのぼってくる渡り鳥、ユリカモメだ。
仲間と群れて、空を舞っている。



