ゆらのと
腕をあげ、桂のほうに伸ばす。
その頬に触れ、被っている笠の紐をほどいた。
桂は動かない。
無言で、されるがままになっている。
笠を取った。
それを畳へと落とす。
もう笠に隠されているところのない顔が、正面にある。
長い睫毛に縁取られた二重の線の走るまぶたは開かれ、黒目がちの凜とした瞳はこちらをじっと見ている。
整った顔立ち。
男だが、女のような美しさがある。
しかし。
そんなことが理由じゃない。
ふと、まだ出会ったばかりの頃の幼い桂の顔が頭に浮かんだ。
まるで少女のような顔をしていた。
だが。
そんなのが理由じゃねェ。
眼のまえで、形の良い唇が動く。
「銀時」
名を呼ぶ。
その表情はきりりとしていて、こちらの望むような言葉がその口から出てこなさそうに感じる。
だから、桂が続きを言うまえに、その身体をとらえた。
胸に引き寄せる。
「ずっと会いたかった……!」
強く抱きしめる。
胸の中で感情が荒れ、抑えていた想いがほとばしった。
ずっと会いたかった。
ずっと求め続けていた。
顔が綺麗だからとか、そんなことは理由ではなかった。
そんなことが理由なら、とおの昔にあきらめていた。
そんなことじゃない。
だから、タチが悪かった。
ずっと求め続けていた、恋い焦がれていたのは、その存在のすべて。
「俺には、たったひとりだ」
そんなふうに想う相手は、たったひとり。
ずっと、ひとりだけだ。
「おまえ、ひとりだけだ」
心の底から、そう思う。
しかし、それだけで生きているわけではない。
他にもいろいろと大切なことがある。
恋情のためだけに、それらを断ち切ってしまうことはできない。
だから、別れを選んだ。
あのとき、もちろん嫌で、別れたくはなかったし、つらかった。
だが、また元にもどるだけのような気もしていた。
元のように、外に出さないように想い続ける。
ただ、それだけのこと。
それだけで、自分の大切なものを護れるのなら。
自分が耐えればいいだけだ。
そう考えた。
けれど。
予想と実際は違った。
元にもどったのではなかった。
思い出さないようにしていても、ふとした拍子に思い出した。
そして、それは、関係ができてからのことが多かった。
長いあいだ求め続けていた存在が、すぐそばにいるようになった。
恋人のように触れ合うようになった。
寄り添っていて、心が満ち足りるのを感じた。
そんな記憶が鮮明によみがえってきて、しかし、その直後、それは過去のことにすぎないという現実に胸を刺し貫かれた。
思い出せば、胸がひどく痛んだ。
だから、思い出したくなかった。
けれども、ささいなきっかけで、防御する間もなく、思い出した。
消し去ることも、完全に封じしてしまうこともできない、胸に焼きついた記憶だから、こそ。
「あいしてる」
言葉は自然に口から出た。
そして、また、抱きしめる。



