ゆらのと
桂は眼をそらした。
端正な横顔には、物思いに沈んでいるような陰が落ちている。
そして、ようやくその口が開かれる。
「自分でも愚かなことをしていると思う」
まったく予想していなかった返事に、戸惑った。
無言のまま、続きを待つ。
「ここに来るべきではなかった」
堅い声、堅い口調で、桂は話す。
「おまえとはもう二度と会うべきではないと思っていた。おまえはもう攘夷とは関係のない生活をしていて、従業員というよりも家族に近い存在を、ふたり、抱えている。俺と親しいということは、おまえだけではなく、彼らまで巻きこんでしまうかもしれないということだ。あんなことがあって、やっとそれに気づいた。そして、たとえ、あの脅迫状の送り主をつきとめて、それなりの解決をしたとしても、また次があるかもしれない。俺がおまえと関わり続けている以上は」
切れ長の眼がこちらのほうを見た。
向けられた瞳も、やはり、堅い。
「だから、俺とおまえは一緒にいるべきではない」
桂はきっぱりと告げた。
その言葉が耳を厳しく打った。
胸の中に、重いものが満ちる。
なんでだ。
そう強く激しく思う。
期待していた返事が得られなかった。
その失望は、たしかにある。
だが、この歳まで生きてきて、期待していたものが得られないことは何度も経験してきてる。
経験があるから平気なわけではないが、自分の中である程度の折り合いをつけられるようになっている。
しかし、今は、折り合いがまったくつけられない。
心が拒否する。
それは、理由のせいだ。
桂が男の自分とはどうしても駄目だというのなら、しかたない。
そうではないから、やりきれない。
「だが、それがわかってて、オメーにとっちゃ愚かなことなんだろうが、ここに来たってこたァ、オメーはどうしてもそうしたかったってことだよな」
イラだちをぶつけるように問う。
「それが、そのまま、オメーの俺に対する気持ちだってことで、いいんだよな……!?」
桂をにらむように見おろす。
うなずけ、と念じる。
本当はその唇から言葉として聞きたかったが、今はこんな状況だから、認めてくれるだけでいい。
しかし、桂は表情を揺らすことすらなく、身体を起こした。
逃れるように身体を退き、離れてゆく。
少しして、その顔がふたたび向けられる。
堅い表情をしている。
「おまえに背負うものがあるように、俺にも背負うものがある」
乱れていたのが嘘のように、猫の話をしていたときとは別人のように、冷静だ。
「私情を捨てるのには慣れている」
じゃあ、その私情って、なんだ。
そう言い返そうとした。
だが、機先を制して、桂が口を開く。
「その私情がなにかを言いたくないし、言うつもりはない」
そう断言した。
つけいる隙がどこにもない、揺るぎのない様子である。
これまで桂の背負ってきたものの重さを感じさせる、強い態度だった。



