ゆらのと
息が止まった。
自分がどこにいて、なにをしているのかを、ほんの一瞬、忘れた。
すぐにそれらを思い出し、眼のまえに新八と神楽がいるのを再認識する。
ふたりが不審に思わないようにしなければならないと思った。
目立たないよう、ゆるやかに、止まっていた息を身体の外へと出す。
だが、なんと返事をすればいいのか、わからない。
もう会わないのではなかったのか。
そう思っていたのは自分だけだったのか。
問いかける声が頭の中をぐるぐるとまわる。
それとともに、思い出しかける。
あのときのこと。
ひさしぶりに会ったときのこと。
あの声が、あの手のひらの感触が、その息が、温もりが、肌の上によみがえってきそうになる。
いけない。
思い出してはいけない。
止める。
それに触れてはいけない。
触れたら、感情が押し出される。
抑えていて、溜まっていた感情が、あふれ出す。
いけない。
だから、その記憶から遠ざかる。
触れてはいけない。
会ってはいけない。
「……明日の午後は先約があるんだ」
自分の中で結論が出て、それに沿うような返事を口にする。
ただし、嘘だ。
明日の午後は、今のところ、特に用はない。
「だから行くことはできない」
遠ざかったはずなのに、話しているうちに、その姿が脳裏にかすかに浮かんでくる。
心が揺れ動く。
その姿が鮮明になるまえに、かき消した。
断ち切らなければならない。
この件に関しては私情は捨てると決めたのだから。
もう二度と会わない。
「そう銀時に伝えてくれ」
きっぱりと告げた。
しかし、この返事を聞いて、銀時はどう思うのだろうか。
ふと、気になった。
当事者なのだから、事情はよくわかっていて、なぜこんな返事をしたかもわかるはずだ。
嫌っているからではないことが、わかるはずだ。
だが、ほんの少しでも誤解されたら。
そう想像しかけて、やめる。
バカバカしい。
くだらない。
どうして、自分はこんなことにこだわっているのか。
誤解されたって、しょうがない。
そう自分の胸に言い聞かせた。
「わかりました」
新八は素直にうなずく。
「銀さんに、そう伝えますね」
「ああ、頼む」
そのあと、別れのあいさつをし、新八と神楽は去っていった。
暗く、冷たい風の吹く中、ふたりの足取りは軽い。
銀時とお妙の待っている家に帰り、慰労会をするのが、楽しみなのだろう。



