ゆらのと
ふたりのうしろ姿をしばらく見送り、それからエリザベスのほうを見る。
「家に、入ろう」
穏やかに笑い、できるだけ優しく聞こえるように気をつけた。
自分には、エリザベスがいる。
それで満足だ。
そう思った。
雨が降っている。
昼過ぎだというのに空は灰色がかった白で、下界は薄暗くて、空気は冷たい。
だが、降っているものは雨であって雪ではないことに、温かさを感じる。
しとしとと降る雨があたりの景色を濡らす。
その雨音を聞きながら、桂は歩いていた。
同志と情報交換をした帰りである。
例の将軍暗殺計画については、攘夷党が不参加の意向を伝えたからではなく、中止になったらしい。
調査を進めていくうちに真選組による罠である可能性が濃厚だと判断されたそうだ。
橋を渡る。
川は雨のせいで水かさが増していて、その流れはいつもよりも早くて勢いがある。
飛びこんだら、泳ぐことができずに、あっというまにどこかへと流されていきそうだ。
その流れに、つい、眼を奪われていた。
それに気づいて、視線を橋のたもとのほうにもどし、ほとんど止まりかけていた足をさっきまでと同じぐらいの速さで踏み出す。
進む先の岸には建物が建ち並んでいる。
あの船宿も、ある。
銀時とひさしぶりに肌を重ねた、銀時が待っていると伝えてきた、船宿だ。
新八に伝言を頼んだ内容のとおり、桂は銀時の指定した日時にあの船宿には行かなかった。
二度と会わない。
そう決めたのだから。
しかし、新八から伝言を聞いても、銀時はあの船宿で待ったのだろうか。
そんなはずはない。
そう打ち消す。
自分は行かないと伝えたのだ。
それなのに、行って、待っていたはずがない。
考えるな。
自分に言い聞かせた。
影のように面影が頭に浮かんでくる。
その面影が色あざやかなものになるまえに、消し去る。
思い出すと、胸が痛むから。
それが鮮明であればあるほど、強く痛むから。
それなのに、どうしてこんなふうに何度も思い出すのか。
そんなの、決まっている。
胸に焼きついているからだ。
だが、それでも消し去らなければならない。
見たくない。
思い出したくない。
どうしようもないのだから。
足下で雨が跳ねている。
その雨を蹴散らすように、歩く。
橋を渡りきった。
左のほうへと道を折れる。
進む先を見た。
息を、呑んだ。
そこに、銀時がいた。
偶然だろう。
だが、こんな偶然は、いらない。
鮮明な面影どころではない。
会いたくなかった。
平静を装って、通り過ぎればいい。
そう思った。
けれども、そんなことはできなくて、きびすを返した。
さっき渡った橋のほうへ早足で歩く。
ふいに。
「小太郎……!」
名前を呼ばれた。
めったに呼ばれない名前で呼ばれた。
思わず、肩がビクッと震えた。
頭の中が真っ白で、なにも考えずに、振り返る。
銀時が立っていた。
その手が動き、傘がその頭上から無くなった。
傘が下ろされる。
さらに、その柄が銀時の手から離れた。
傘が道へと落ちた。
降りしきる雨が、次々に、銀時を打つ。



