ゆらのと
足が、動いた。
空いている距離が埋まっていく。
気がつけば、すぐ近くに、銀時がいた。
天からは相変わらず雨が絶え間なく降っている。
雨に打ちつけられながら、じっとこちらを見て、立っている。
水滴が銀色の髪の先から落ちる。
頬をつたう。
その頭上に、傘をさしかける。
濡れた頬へと、手を伸ばす。
触れるまえに、その手をとらえられた。
手首をつかまれる。
つかむ力は強い。
向けられている表情はいつになく真剣で、眼差しは鋭い。
口が開かれる。
「俺を見て、逃げただろ」
低い声。
「近づいたら、つかまるって思ったんだろ」
その声を、ただ、聞く。
「つかまったら逃げられないって、思ったんだろ」
問われて、しかし、返事ができない。
声が、出ない。
喉がきゅうっと締めつけられているかのように、痛い。
銀時の言ったことは、当たっている。
近づけば、つかまえられる。
つかまえられたら、逃げられない。
そう思った。
だから、引き返した。
逃げたのだ。
しかし、結局は、自分のほうから近づいて、こんなふうにつかまってしまっている。
手首をつかむ力がさらに強まった。
引っ張られる。
銀時が手首をつかんだまま歩きだす。
ふりほどく、べきなのだろう。
そう頭の隅で思った。
二度と会わないと決めたのだから。
けれども、強い力で引っ張られるのにあらがわず、歩きだした。
道には銀時の傘が落ちている。
それを置き去りにして、銀時は歩く。
降る雨がその身体を打つ。
持っている傘をさしかけようとした。
だが、銀時はこちらのことを気にせずにどんどん進むので、うまくいかない。
あきらめる。
雨に濡れることなぞ、どうでもいい。
そう銀時が思っているのが、その先へと進む姿から伝わってきた。
しばらくして、あの船宿の軒下に入った。
「……傘をたたませてくれ」
片手ではたためないし、開いたまま放置することもできない。
銀時が手首を放した。
ほっとして、傘をたたむ。
たたみ終わると、ふたたび手首をつかまれた。
近くにある入り口の向こうへと進む。
そして、以前にきたときと同じように船宿の主人と銀時が交渉をしたあと、二階にあがっていく。
銀時の身体から水滴がぽたりぽたりと落ちた。
階段が、雨に濡れる。



