ゆらのと
その手があげられ、顔のほうに近づいてくる。
雨に濡れて少し冷たい、大きな手のひら。
それが頬に触れる。
強い眼差しを向けられている。
視線に温度はないはずなのに、あるように感じる。
好きだと言われているような気がした。
銀時が身を寄せてきて、距離が縮まった。
顔が近い。
もう、すぐそばにある。
まだ触れてはいないが、その体温を肌に感じる。
嫌ではない。
むしろ、その逆だ。
引き寄せられるように、くちづける。
唇に重ねられた銀時のその感触に、胸の中で心がふわりと浮きあがった。
ずっと触れたかった。
二度と会わないと決めて会わずにいたあいだ、ずっと、こんなふうに銀時に触れたかった。
それを、今さらながら、強く感じる。
もっと触れたい。
もっと触れられたい。
銀時の手のひらが頬をなでながら下降し、首筋をなで、そして、きものの襟をつかんだ。
羽織を脱ぐ。
腕を袖から抜き終わると、羽織が畳に落ちるのをそのままにして、手を銀時のほうにやり、その着ているものをつかむ。
もちろん、その着ているものも雨に濡れている。
今度は、銀時が脱いだ。
そんなふうに、お互い、着ているものを脱いでいく。
脱ぎながら移動し、裸に近い状態になって、畳に敷かれた布団に腰をおろした。
すぐそばに銀時がいる。
素肌が触れ合う。
それが心地良い。
身体が熱を帯びていくのを感じる。
うながされて、布団に身を横たえた。
銀時が覆い被さってくる。
見おろされる。
その眼差しを受け止める。
銀時がさらに距離を詰めてくる。
ふと、脳裏に、あることがよぎった。
眼をそらし、顔を横向ける。
「……どうした」
銀時が少し硬い声で聞いてきた。
表情が曇ってしまったのだろう。
それを見て、心配しているのだろう。
嫌がっていると思われたくはないので、銀時のほうを向く。
そして、言う。
「自分の意志がこんなに弱いものだとは思わなかった」
もう二度と会わないと心に決めていた。
だが、偶然に銀時と会い、この船宿で関係を持った。
たった一度だけ。
そう自分に言い訳をして、それきりにするつもりだった。
私情は捨てると決め、それを銀時に告げもした。
それなのに、また偶然に会ったとはいえ、ふたたび、こうしてこの船宿でこんな状況になっている。
たった一度だけでも、自分の決心を裏切るものだった。
それが、今回で二度目だ。
二度と会わないつもりだったのに。
私情は捨てると決めたのに。
そう思うと、なにかに負けたような口惜しい、泣きたいような気分になった。



