ゆらのと
第一部 二、
吹く風は冷たいが、天頂を過ぎた太陽から降りそそぐ光は温かい。
川は水面に明るい光を浮かべて穏やかに流れている。
銀時は土手に寝ころび、心地よく眠っていた。
しかし。
ハッと眼をさます。
あおむけになっていた身体を反転させた。
その直後、さっきまで銀時の寝ていたところに、書物が二冊、ドサッドサッと落ちてきた。
「なにしやがんだテメー!」
上体を起こし、近くにいる人物を見あげて、文句を言う。
すると。
「起こしてやろうと思ったんだ」
桂が銀時を見おろして、えらそうに言った。
「起こすならもっとフツーに起こせ! ってゆーか、起こしてくれなんざ頼んじゃいねー」
「頼まれなくても起こす。また怠けているようだからな。ほら、立て、行くぞ」
「嫌なこった。もっと昼寝がしてェんだ」
「もう昼寝という時刻ではないだろう」
「いつ昼寝するかは俺の自由だ」
「まったく貴様は口が減らない」
桂の声が低くなった。
その身体からは危険な気が漂っている。
その手は腰に差した刀にあった。
マズい。
「……まあ、そろそろ寒くなってきたしな」
そう銀時は言い訳するようにつぶやき、立ちあがる。
桂の手が刀から離れた。
土手をあがりきると、ふたり、肩を並べて道を歩く。
「おまえは松陽先生の手伝いをちゃんとしない」
まだ桂は怒っているようだ。
「手伝いしてくれって言われてねーよ」
「言われなくても、するものだ」
堅い口調で桂は言い返してきた。
その表情も堅い。
堅いのだが、その顔は秀麗だ。
昨年、元服をすませた。
もう幼いと言える歳ではない。
出会ったばかりのころはまるで美少女のようだったのが、今は美人の風情がある。
正真正銘の男であるのに。
ツラの皮の美醜なぞ、どうでもいい。
そう思うものの、ふと、いつのまにか桂の顔の上で視線の先が動かなくなっていることがある。
自分だけではない。
他の者も、異性である女だけではなく男も、桂に見とれていることがある。
そんな光景を何度か見かけたことがあった。
正直、おもしろくなかった。
それが男である場合、はっきり言って、不愉快だった。
ふと。
「綺麗だな」
桂がつぶやいた。
「ああ?」
なんのことかわからず、銀時は桂の視線の先を追う。
そこには、田圃が広がっていた。
ただそれだけだった。
いつもと変わらない風景だ。
桂がなにに対して綺麗だと言ったのかわからなくて、銀時は眉をひそめる。
すると。
「黄金色に染まっていて、綺麗だ」
桂は言った。
それで、ようやくわかった。
季節は夏から秋へと移り変わり、田圃の稲はいきいきとした緑色だったのが今は黄色くなっている。
だが、黄金色というのはおおげさな気がした。
しかし、桂の言葉を聞いて、眼をやっているうちに、まるで海のように広がる田圃が秋のやわらかな日差しを浴びて穏やかに温かく輝いて見えた。
確かに、綺麗だ。
そう銀時は思い、何気なく桂のほうに視線を移した。
桂は田圃を見ていた。
涼しげな切れ長の眼。
その二重の瞼を縁取る睫毛は長い。
鼻筋は優美な線を描いている。
やわらかそうな唇、その端がほんの少しあがり、白い頬には笑みが浮かんでいる。
綺麗なのは。
そう思い、けれど、そこから先は打ち消した。
考えるな。
思うな。
なにも。
自分に言い聞かせる。