ゆらのと
「松陽のことだが」
そう切り出されて、驚く。
これまで銀時は松陽のことになるといつも話を打ち切ろうとした。
触れられるのを拒んでいるのは明らかだった。
だから身を堅くし、耳に神経を集中させて、話の続きを待つ。
「……やっぱり、話したくねェ」
間を置いてから、銀時はぼそっと言った。
少し身体の力が抜ける。
やはり立ち入らせてもらえない領域なのか。
わかっていたことではあるが、つい期待してしまったぶん、落胆してしまった。
だが。
「話すと、思い出すと、自分の中の見たくねェもんが引き出される」
銀時は話を打ち切らなかった。
はっとして、ふたたび身体に力が入る。
銀時は続ける。
「自分の中に醜い感情がある。そんなもん見たくねェのに、真っ正面から見なきゃならなくなる」
厳しい口調で、言葉を吐き出した。
それは、普段は怠惰な表情で隠している真実の言葉だ。
その言葉が、耳を打つ。
心を打つ。
「もうあれからずいぶん時間が経ったのに、それでも思い出すだけで、胸ん中で、暴れるもんがある」
まるで雨のようだ。
強く打たれ続ける。
「俺が戦に出た理由は、おめーとは違う。正義のためなんかじゃねェ。胸ん中で暴れてるもんを抑えられなかっただけだ。そいつに取り憑かれて、斬って、斬って、斬りまくってただけだ」
銀時は言う。
「俺ァ、たしかに夜叉なんだろうよ」
では、なぜ、そんなふうに血を吐くように話すのか。
銀時の中に激しい憎しみがあることぐらい、戦のころから知っていた。
話してくれなくても、それぐらい感じ取れた。
それと同じように、銀時が憎しみだけで戦場にいたわけではないことを知っている。
いったいどれだけ多くの者をおまえが護ったと思っているんだ。
そう問いかけたくなる。
「おまえは」
けれど問いかけずに、別のことを告げる。
「俺の知っている者の中では、一番、優しい」
だからこそ、長く一緒にいた。
一緒にいたかったのは、自分の知っている中で一番強かったからではなく、一番優しかったからだ。
ずっと護っていてくれていたことも知っている。
護ってもらうなんて弱いようで嫌だと認めずにきたけれど、本当は知っていた。
ずっと自分は銀時の優しさに甘えてきたのだ。
うしろから抱く銀時の手に、手のひらを重ねる。
触れた手は冷たかった。
けれど、その手の持ち主の温かさを、よく知っている。