ゆらのと
腕をあげる。
桂のほうへ手を伸ばす。
その頬に触れる。
身を乗りだし、顔を近づける。
手の下で少し動いた桂の顔をとらえ、距離を詰め、唇を重ねた。
軽く吸って、味わって、離れる。
ふっと口から息を吐き、それとともに言葉がこぼれた。
「すげー好き」
普段なら恥ずかしすぎて言えないようなことだ。
しかし、いつのまにか口から出ていた。
胸の中に溜まっていたものがあふれ出るように。
桂がまぶたを開いた。
その眼が向けられる。
綺麗な眼だと思う。
間近で、その整った顔を見つめる。
「好きだ」
ささやくように告げた。
桂は黙っている。
あたりは静かで、自分の胸の中で心臓が力強く打つ音が聞こえる。
眼のまえにある頬をなでた。
親指の近くには、さっき感触を確かめたばかりの唇がある。
そこから自分が告げたのと同じ言葉が出てきてほしいと、ふと思った。
望みすぎだ。
すぐにそう打ち消して、別のことを言う。
「声が聞きてェ」
思いつくままに、続ける。
「名前、呼んでくれ」
一瞬、桂の瞳が戸惑うように揺れた。
しかし。
「……ぎんとき」
頼んだとおりにその唇は動き、かすかな声を発した。
その声は耳に心地良く響いた。
つい。
「だが、そいつァ俺の本当の名前じゃあねェんだけどな」
余計なことを言ってしまった。
桂が眼を見張った。
だから、説明する。
「松陽に拾われたとき、名前を聞かれて答えなかったら、勝手につけられた」
じゃあ、坂田銀時にしましょう。
強そうないい名前でしょう。
そう松陽はあのとき言った。
いつものように微笑みながら。
その姿を思い出した。
クソッと胸の中で悪態をつく。
うかつなことを言って、思い出してしまった。
感情が荒れる。
それが胸に迫ってきて、重苦しくて、顔を伏せる。
「なァ、銀時」
桂が声をかけてきた。
「俺が呼ぶのはその名前でいいのか」
そう問われた。
「……ああ」
返事する。
「もう昔の名前は忘れちまったからな」
嘘だ。
生まれ故郷ではめったに名を呼ばれることはなかったが、それでも覚えている。
優しい思い出はひとつもないが、それでも忘れてはいない。
「そうか」
桂は言った。
そして、身を寄せてきた。
その腕が背中にまわされるのを感じた。
抱かれる。
「銀時」
名前を呼ばれた。
はっきりとした声は、優しかった。