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ゆらのと

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「銀時」
ふたたび、桂は戸のほうを向いて呼びかける。
だが、やはり返事はない。
しかし、桂は手を戸のほうにやる。
「いるのだろう。中に入るぞ」
戸を開けた。
土間に足を踏み入れる。
それから、戸を閉めた。
明るい秋の光に包まれた外とは遮断される。
草履を脱いで座板にあがり、さらにその先に進む。
家の中は薄暗く、静かだ。
この家の主はもうこの世にいないことを、殺されたといっていい死に方をしたことを思い出すと、胸に強い痛みが走った。
松陽が捕らえられてから、自分も含めて塾生たちは奔走した。
けれど、自分たちにできたことは、松陽の亡骸が処刑場の隅にゴミのように埋められないよう、役人に金を渡して遺体を引き取り、罪人の埋葬はゆるされないところを、ひそかに遺体を寺に運んで埋葬したぐらいだ。
松陽を助けることはできなかった。
その命を護ことはできなかった。
なにも、できなかった。
自分は無力だと思う。
桂は拳を強く握った。
手のひらに爪が食い込むほどに。
やがて、桂は八畳間に入った。
そこに、銀時はいた。
背を向けて座っている。
「やっぱり、いたのか」
桂は立ち止まり、声をかけた。
しかし、返事はなかった。
振り返りもしなかった。
その桂よりもたくましく広い背中はまったく動かなかった。
拒絶しているように見える。
桂は銀時の背中に向けていた視線をよそへと移動させた。
部屋の中の様子が眼に入ってくる。
この部屋で、松陽は塾生たちに学問を教えていた。
その光景を思い出した。
もうこの世にいない人の幻を見た。
その頬にはいつものように優しい笑みが浮かんでいる。
初めてこの塾に来たとき、あの微笑みに出迎えられて、緊張していた幼い自分はほっとしたのだった。
あれはもう十年以上まえのことになる。
それだけの歳月が流れたぶん、ここで過ごした思い出があった。
いろいろなことがあった。
ここにこうして立っていると、今は亡き人と過ごした日々のことが自然に頭に浮かんでくる。
この部屋には思い出がたくさんあって、それが降り積もっているように感じた。
胸が締めつけられる。
悲しい。
あの優しく微笑んでいた人が、澄んだ声で学問を教えてくれた先生が、もうここにはいない。
もう二度と会えない。
それが、悲しい。
作品名:ゆらのと 作家名:hujio