ゆらのと
桂がハッとした表情になった。
逃げられるまえに、その身体をつかまえる。
「オメーは嫌じゃねェのかよ……!?」
抵抗する桂を無理矢理に畳に押し倒した。
「俺は嫌だ」
畳に背中を打ちつけて顔をゆがめた桂に、言う。
「別れるのは、嫌だ」
その切れ長の眼が向けられる。
その腕が押しもどそうとする。
だから、その手を畳に押さえつける。
そして、問う。
「テメーは、俺と別れるのが嫌じゃねェのか」
その冷静さを打ち砕きたかった。
その心を激しく揺さぶって、別れようと告げたことを取り消させたかった。
だが。
「銀時」
下から鋭く見すえて、桂は言う。
「嫌かどうかで決める問題じゃない。それに、この件については解決しても、次があるかもしれない。俺に近い者ということで、おまえや、そのまわりにいる者たちが、また狙われるかもしれない。だから、別れようと言っているんだ」
つまり、自分や自分のまわりにいる者たちのことを思いやって、別れを告げたということ。
桂らしい。
だが。
それでも。
「俺ァ、別れるのは嫌だ」
どうしても、嫌だ。
「やっとここまできたのに、二十年以上かけてここまできたのに、なんでこんなくだらねェ理由で別れなけりゃならねェんだよ」
頭に思い浮かぶ。
おそらく始まりとなったときのことが、まぶたの上によみがえる。
まだ自分は小さくて、そして、もちろん桂も小さかった。
もしも、おまえが捨てられたら、そのときは俺が拾う。
そして、絶対に捨てない。
小さな桂はそう言ったのだ。
あれからずっと求め続けてきた。
そう言った、その魂を、ずっと求め続けてきた。
それが、今、すぐそばにある。
「ずっとほしかったんだ」
手を桂のきもののまえへとやる。
襟をつかみ、横に引いた。
胸があらわになる。
呼吸とともに、その肌はわずかに上下する。
肌に触れる。
「この下にあるものが、ずっと、ほしかった」
いとしいと思う。
この肌の下にある魂を、いとしく感じる。
「他にはなにもいらねェ」
自分にとっては、なによりも大切なものだ。
「俺のそばにいてくれ」
そう告げた。
桂は少し震えた。
それから、ふと、表情がゆるんだ。
その身体から力が抜けるのを感じる。
だから、そのほうに自分の身体を近づけてゆく。
しかし。
突然、桂の手が動いて、それ以上の接近を阻む。
驚いた。
桂の顔を見る。
その表情は強張っていて、その眼差しは鋭い。
「それなら、どうして、あの手紙を俺に見せた」
そう問いかけてくる。
わけがわからず黙っていると、桂は言う。
「あの手紙の差出人を、万事屋を爆破した犯人を知りたかったからだろう。だれがやったのかを知って、犯人が二度と同じことをしないようにしたいんだろう。報復したいわけじゃない。あのふたりを護りたいからなんだろう」
その桂の指摘は正しい。
桂はさらに続ける。
「俺があの手紙を見れば別れを切りだすことぐらい、おまえは予想していたんじゃないのか。だから、今まで見せなかったんだろう。それが、今になって見せたのは、それよりも、あのふたりを護りたかったからなんだろう」
その言葉が胸に突き刺さる。
あまりにも正しくて。