とある世界の重力掌握
学園都市のとある詰所で起きた事件は、それ自体は1つの小さな襲撃事件にすぎなくても、水面の一か所に発生した小さな波紋が徐々に広がっていくように、確実に護たちウォールの周辺に脅威として迫ってくる。
その第一陣を向かわせる連絡が詰め所から学園都市全域に展開する警備員(アンチスキル)に通達される。
『警備員詰め所に対する能力者による傷害事案が発生。不確定情報ながら襲撃者へ実行の指示を出したのは、超能力者(レベル5)第4位 『超重力砲』との情報があり。各員は最大級の警戒行動を実施せよ』
その一報は、それだけで流れを作り出す。護たちを狙う流れに。
「さて、そろそろ行くぞ……..神裔隊総員、攻撃開始 」
神裔隊リーダー、剣夜の言葉を合図に、護の指示によって、禍島捜索のために各所に展開していた下部工作員たちの前に、それぞれの人造神たちに率いられた部隊が姿を現す。
「!?敵を発見、至急応援を…….! 」
下部構成員の男が事前に護から下部工作員たちに伝えられていた、敵部隊リーダーの特徴とピタリと一致する少年を前に慌てて、腰のホルスターから拳銃を引き抜くより早く、右手を刃に変えた剣夜の一太刀が彼の頭部を切り飛ばした。
仲間が一撃で命を奪われ、顔からみるみる血の気を引かせていく下部構成員たちに目線を向けつつ剣夜は冷酷極まりない一言を吐き掛ける。
「レベル5による奇跡でも信じてろ。絶望の中死ぬよりも、希望を信じたまま死んでいったほうがまだ救いがあるだろう 」
その言葉に恐怖の許容量の針が振り切り、絶叫と共に下部構成員たちが放つ拳銃弾の射撃をものともせず、かつて一人で一つの研究施設を壊滅させた人造神は一切の容赦なく、男たちに刃を向けた。
その異能の刃が容赦なく工作員たちの命を奪う。そうなるかに思われた。
だが、剣夜が振るった刃は工作員たちに届く前に、その前に展開された鋭く輝く黒髪によって防がれた。
「こんなところで、遭遇するとはね、贖罪のために探し回っていたけど 」
「君も、ウォールか? 」
「ほんの数日前までは敵として戦っていたけどね 」
学園都市でもほんの一握りしか存在しない、自然発生的な能力者、『原石』と呼ばれるものの一人、剣山鞘はその刃と化した長髪を宙に浮かせて展開させながら、目の前の敵、神裔
隊総隊長、建雷剣夜をにらみつける。
剣夜はその視線を特に気にする素振りも見せず、正面からその視線を受けとめ、見つめ返した。
「君が誰であれ、僕たちは目的を果たすだけだ。ウォールを初めとするアレイスターの力を殲滅し、学園都市を引っくり返す 」
「そうはさせない……といったら? 」
鞘の言葉に剣夜は薄く笑みを浮かべながら応えた。
「斬り飛ばす 」
その一言が合図となった。
両腕を剣へと変化させた剣夜とすでに展開している髪刀を振るう鞘。互いに異能より生み出されし刃が凄まじい勢いで激突した。
剣夜は目にもとまらぬ速度で次から次へと斬撃を仕掛けるが、明らかに手数において上の鞘の髪刀にそのことごとくを防がれている。
だが一方の鞘も優勢というわけではない。剣夜の斬撃の数と速度が速すぎて複数の髪刀で防ぐのが精一杯で、反撃を行う、つまりこちらから攻撃を仕掛ける余裕がないのである。
「(ここで、すこしは反撃できないと埒があかないけど!)」
心の中で呟きながら、鞘はその対抗手段を頭の中で構想しようとする。
「どうした!手詰まりかな原石! 」
「用語で呼ぶとか常識外だけど! 」
剣夜の高速の斬撃は多方向から斬りこまれる。それらを片っ端から防ぎ続ける鞘は、刹那一瞬で髪を集約し、1つの巨大な杭となす。
「! 」
「吹っ飛びなってことなんだけど! 」
勢いよく突き入れられられた鋭い髪杭の一撃を剣夜はその両腕の剣で受け止めたが、当然ながらその勢いを止めることはできない。そのまま後方に吹き飛ばされ、建物の壁を2つ3つぶち抜いて吹き飛んだ。
「念には念をだから! 」
粉じんで視界が定まらない中で、鞘が某妖怪漫画の主人公よろしく放った髪の毛1本1本が変化した鋭い針が機関銃と同等の発射速度で吹き飛んだであろう剣夜のいる方向に向けて連射される。
「どう? 」
粉じんの向こうを目を細めて注視する鞘。だが、彼女が警戒すべき攻撃は、正面からではなく真上から襲い掛かった。
「! 」
第6感というか動物的な本能というやつか、直感で危険を感じてその場を鞘が飛びのいた瞬間、先ほどまで彼女がいた場所を落雷が直撃した。
「へえ、さすがは原石の一人ってとこか。こちらの攻撃を察知するなんて 」
先ほど、鞘の髪杭による痛烈な一撃を受けたはずの剣夜の姿が粉じんの中から現れる。その身体には目立った傷などなく、またその立ち姿には大したダメージも感じられない。
「あなた人間?って愚痴りたくなるほどなんだけど 」
「僕は人間じゃないさ。聞いているんだろ? 」
「まあ、話としては聞いていたけど…….普通は信じられないから。『人造神』なんて 」
鞘の言葉に剣夜は口元を緩める。
「神の力と、人の力、どちらが上か試してみる?」
その言葉に鞘が答えるより早く、2人がいる場所一帯に無数の落雷による閃光と衝撃音が覆い尽くした。
同時刻、学園都市内第4学区の『ウォール』の隠れ家の一つの前に一人の女性の姿があった。その姿は着込んでいる装備からして明らかに警備員(アンチスキル)
のものである。眼鏡をかけており、染めているのかグリーンの長髪をしている。年齢は20代前半というところだろうか。
「ここが、『ウォール』の拠点の一つ…….ねえ 」
ふんふんと何やら頷いた女性は、おそらく1人で乗ってきたのであろう警備員の巡察車両からおもむろにハイテク機器、いや対戦車誘導弾発射器、ジャベリンを取り出して『ウォール』の拠点である2階建てビルに向けて構える。
「先生、悪い人たちは許しません! 」
目の前の建物まで1メートルもないような超至近距離で勢いよく放たれた対戦車弾は、盛大な爆発音と火花を上げて建物の1階部分を破壊しつくす。だが刹那、その壊滅状態の1階の中から勢いよく飛び出してきた人影があった。
「警備員がなにすんのよ!」
女性の前に現れたのはウォールへの協力者の一人、仏教系魔術結社所属の『聖人』にして『仏』の性質を持つ魔術師、大山希である。
「あら?よくあの状況から生還できましたね?先生、感心しちゃうわ 」
「あなたみたいのが先生だとしたら、私は日本の公教育というやつに絶望しちゃうわよ 」
希はその手に握る数珠丸の柄に手をかけながら女性を睨んだ。
「あなたはいったい誰?あなたが護さんが言う『人造神』なの? 」
「いいえ。先生はあなたのいうそんなやつじゃないわ。私の名は井坂久美子。さっきから何度も言ってるけど、教師よ。笹川中学の教師。そして警備員(アンチスキル)でもあるのよ 」
「警備員……..?なんで警備員がウォールを襲うのよ? 」
「あら、理由が分からないの?もしかして護っていう子から聞いてないの?先生困っちゃうな 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン