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とある世界の重力掌握

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本当にこまったとでも言いたげに、肩をすくめて首を振った井坂は、次の瞬間、その表情を歪めながら叫んだ。

「お前ら『ウォール』が私たちの敵だからに決まってンだろォがァ! 」

突然の井坂の態度の豹変に戸惑う、希に向けてほぼ一挙動で懐から取り出された、2丁の学園都市製の小型短機関銃(サブマシンガン)の銃口が向けられ、その銃口から凄まじい速度で銃弾が放たれる。

発射された無数の弾丸を、その至近距離で人に躱せる道理はない。しかし、希は『聖人』であり『仏』。人ではあるものの人を超える力をもつ存在である。

迫る弾丸に対して希は避けるという行動はとらなかった。彼女がとったのは、それとはまったく逆の方法。すなわち迫る弾丸を全て斬るという行動である。

「邪を祓え、数珠丸!」

「あらあら…..? 」

迫る弾丸をその到達前に、全て空中で斬り捨てた希に不思議そうに首を傾げて見せる井坂。その表情に先ほど一瞬現れた狂気に彩られた怒りの感情はまるで幻覚だったかのように感じられない。

「それはいったいどういう仕掛けかしら?身体強化系? 」

「生憎さま……..あなたなんかに教える道理はないわ! 」

希は言葉と共に、その人間離れした『聖人』の脚力でほぼ一瞬で、井坂までの距離を詰める。

「邪を祓え、数珠丸! 」

叫びと共に彼女の鞘を縛る数珠玉がはじけ飛び、同時に神速と言っても差し支えない速度の斬撃が、井坂に向けて放たれる。
警備員とはいえ、彼女とてあくまで人間。通常ならその斬撃を防ぐことなど絶対に不可能である。そう、通常ならば。

「え? 」

希は思わずわが目を疑った。

「あら、そんなにおかしなことかしらね? 」

希が放った斬撃、その刀、数珠丸の刀身を喉元に突きつけられている状態にも関わらず、柔らかな笑みを浮かべている井坂は、希に対して口を開く。

「私に対してあなたが振るう攻撃が、その一歩手前で止まったことが 」

そうなのである。希が放った数珠丸による斬撃は井坂の一歩手前、喉元付近でぴたりと止まってしまったのである。唐突に、そしてあまりにも突然に斬撃はその威力を損失してしまったのである。

「私は警備員、そしてこの街で学び、この街で生徒を教育する中学教師よ。ここまで言えばさすがに分かるわよね? 」

「まさか……..! 」

それに気づいた希が、慌てて後方に飛びのくのを待たず、井坂は彼女の右腕を掴んだ。

「そう……..私ももともとこの街に属する、能力者ってことだよ三下ァ! 」

刹那、彼女に掴まれた希の右腕が真っ赤に染まってはじけ飛んだ。



同時刻、学園都市、第6学区の人気のない裏路地で停止している中型バスの中で一人の少女がその手に持つスマートフォンを眺めながらため息をついていた。

「あらあらリーダー。今度はどんな指令が来たんですか?そんなため息なんてついちゃって 」

そんな彼女に声をかけたのは、中学生くらいの青のショートヘアーの少女。特徴的なのはその身に纏う軍隊で使われるような防弾ベストと、その側面に無数に付けられている様々な種類のペットボトルである。

「碧、今回もいつもと内容は変わらないわ。私たち『ボックス』の果たすべきいつも通りの指令よ 」

そう言ってスマートフォンに届いたメールの文面を見せるのは、艶のある黒のロングヘアーの高校生くらいの容姿の少女。特徴的なのはその瞳で両目とも深い緑である。

「でも、今回は叩き潰す相手の数がいつもと違うのよ 」

「へ?それはどういうことですか愛華リーダー? 」

首を傾げる碧に、彼女に愛華と呼ばれた少女は指を一度2本立て、すぐにそのうち1本を折りたたんだ。

「今回私たちが潰す相手は、いつもと違って片方だけってことよ 」

「ああ……….なるほど……….それは愛華リーダーがため息をつくわけですね。前代未聞ですし 」

「ええ、学園都市統括理事長(あのひと)がいったいなにを考えてるのか分からないけど、『暗部組織間の抗争鎮圧』を目的とする私たちにこの命令は異常だわ……..まあ、ともかく、今いない2人に連絡を取って碧。連絡が取れ次第、すぐ動くから私は準備を整える 」

「了解! 」

小型の無線機らしきもので、連絡を取り始める碧を横目に見ながら愛華はもう一度メールの文面を眺めた。

「学園都市の『外』の鎮圧を司る統括理事長直轄機関…………」

そのメールに添付されている顔写真付きのデータを開きつつ愛華はポツリと呟いた。

「暗部組織『ウォール』の援護を行え………ね 」


「危なすぎるんだけど! 」

建雷剣夜が無造作に叩き落とす落雷による攻撃を、髪の毛が変化した巨大な杭を地面に叩き付けて棒高跳びのように空中高く跳躍することでに危うく躱した鞘は、空中に滞空する状態で再び髪の毛を変化させ、高速連射する。

それに対して地面に立つ剣夜はもはや斬り捨てる行動にすら出なかった。

剣夜の右手が変化した青銅色の剣、その刀身の先に光が奔り、次の瞬間その切っ先から雷が真っ直ぐに空中の鞘に向けて放たれた。

大蛇のようにうねりながら突き進む雷は、一瞬で迫りつつあった髪針を全て消し去り、鞘を仕留めるべく空を駆ける。

空中に滞空する状態の鞘に避けるすべはない。空中では先ほどのような能力を使った、つまり髪の毛を変化させての緊急退避技の使用は不可能だ。

「くそ……..ふざけるなってとこなんだけど! 」

唇を噛みながら、迫りくる雷を睨み付ける鞘だが、もはや事態は避けようがない。

真っ直ぐ突き進む雷は的確なほど的確に鞘を捉え、刹那、直撃した。

轟音と衝撃が周りに響き渡り、煙に覆われた空中の一角から黒く焦げた物体が地面に向けて落下する。

あっけなく地面に転がったそれは、先ほどまで戦っていた少女のなれの果ての姿。遠目でしか見えないがもはや、それは人の形をしていなかった。

「これで、一人……..か 」

剣夜はその腕を通常に戻しながら、後方で遠巻きに待機している部下たちのほうに振り返った。

「一人は片づけた。次に移動する。次は第4学区付近の……….. 」
剣夜の言葉はそれ以上、続かなかった、なぜなら、その続きを述べるために絶対に必要な、というより人間なら必ず必要になるであろう発声器官である声帯、それを後方から伸びてきた漆黒の剣が貫いたからである。

「…….が……..は? 」

貫かれた状態で眼球のみを動かして後ろを覗った剣夜はそこに、あるはずのないものを見た。

「死んだと思った?残念生きてるけど? 」

先ほど剣夜の雷の直撃を確かに受けたはずの鞘の姿がそこにはあった。さすがにその着ている服はところどころ焦げたり破れたりしており、部分的に見える肌にも火傷らしき跡があるものの、それでも五体満足なうえに喋るだけの余力もある。雷の直撃を受けたにしては、あまりにも軽微といえる被害でしかない。

「なんでだって思ってる?簡単、私がやったのは能力を利用した避雷針のまねごとだから 」

つまりはこういうことである。鞘の能力は『髪の毛を鋼鉄のように変化させる』というものである。
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン