とある世界の重力掌握
アイルランド神話における伝説の武器の一つ『報復者(フラガラッハ)』。その剣が光を発したかと思うと、複数の光の剣が空間から滲みだすように現れる。
「この剣は、どんな鎧でもどんな鉄でも打ち砕き、貫通するのでございます。形こそ光でも切れ味は同じ......さて、この全てを受け止められますかな? 」
ベネットの言葉を合図に宙に浮かぶ複数の光の剣が一斉に護達に向けて襲い掛かる。
ステイルはとっさに炎剣で光の剣の一本を防ぐが、そのすきを突いて別の剣が彼のわき腹をかすめる。
「グ......! 」苦痛に顔をしかめるステイルに3本目の剣が襲い掛かるが、「ふん! 」という掛け声と共に護が振るう剣が光の剣を弾き飛ばす。
護が持つのは『ヌアダの剣』の量産品(コピー)の1つ。『タラニス』戦闘員がもっていたものだ。
護達が戦ったグランは右腕を『銀の腕』とすることで『ヌアダの剣』を自在に扱っていたが、どうやら『銀の腕』とは腕を覆うガンドレットのようなものだったらしい。つまりグランは嘘をついていたわけだが........
「何はともあれ......これを使えば科学サイドの僕でもある程度戦えるわけだ 」
もちろんプロの魔術師でもない護に『ヌアダの剣』を使った魔術は扱えない。だがただの武器として『ヌアダの剣』を扱うことはできる。さらに『神話級の武具を扱えるだけの筋力を授ける』特性を持つ『銀の腕』を利用すれば今まで実現不可能だった技を実現することができる。
「前回もそうだったけど、僕の能力は魔術攻撃に対して効きにくい面がある。でも魔術的武器を能力で強化した攻撃なら、多少は効くはずだ! 」
剣を高々と掲げた護を警戒し、剣を構えるベネットだったが次の瞬間、凄まじい衝撃が彼の持つ『報復者(フラガラッハ)』に走る。
「!! 」その勢いに押されて剣を構えたまま後ろに飛ばされるベネット。前方に佇む護はすでに剣を水平に構えている。
その攻撃を視認させない一撃。護は『ヌアダの剣』の上からの斬撃に強力なGを加えることによって音速を超えるスピードで剣をふるい、凄まじい衝撃波を前方に放ったのだ。
通常、音速で腕を振るなどすれば腕の方が耐えきれず吹き飛んでしまう。その上人間の筋力ではそもそも音速を超える速度で剣をふるうなど不可能である。護の能力を使えば可能かもしれないが、腕はあくまでも人並みである。しかし『銀の腕』を使えば、それらのリスクを魔術的な効果によって克服できる。
「まさか......量産品(コピー)を利用するとは.......いやはや考えもしませんでした。ですが、所詮量産品は量産品。本物(オリジナル)にはかないませんぞ? 」
殆ど一瞬と言っていいほどのスピードで護の前に立つベネット。その剣が護の首を飛ばそうとするが、間一髪で高杉が護に触れて瞬間移動する。
「おや......他の方々に倒されてはいませんでしたか 」
「生憎とな。おたくの戦闘員は全員潰させてもらった......次はあんたの番だぜ 」
「はたして、そううまくいきますかな? 」
にやりと笑うベネットに悪寒を感じ、下がろうとする高杉だったが、直後体がベネットの方向に吸い寄せられるのを感じた。いや、正確にはベネットにではない『報復者(フラガラッハ)』に吸い寄せられているのだ。
「神話では敵対者が自ら刺さりに来ると記される力ですが.....さすがにそんな力はないのです.....ただ相手を自らの近くに寄せる力として強力な吸引力を発動できるのですよ 」
ベネットがつきだす『報復者』に向けて一気に高杉の体が吸い寄せられ......当然の結末として高杉の体を『報復者』が貫いた。
高杉の口から血が噴き出し、背まで貫通した剣からは真っ赤な滴が地に落ちる。どこからどう見ても致命傷だ。
ベネットがゆっくりと剣を抜くと同時に高杉の体が地面にドウと倒れる。
「高杉! 」護が駆け寄ろうとするがその前に『報復者』の刀身を血で真っ赤に染め上げたベネットが立ちふさがる。
「まだ戦いは終わっていないですよ? 次はあなたの番でございます 」真っすぐに突き出される『報復者』を『ヌアダの剣』で受け止めようとする護だったが、所詮は量産品(コピー)。本物(オリジナル)の一撃を受け止められるはずがなかった。
容赦なく『ヌアダの剣』を砕いた『報復者』が護の胸を刺し貫く。
不自然なほど痛みを自覚できなかった、ただ体の力が抜け、呆然と自分の胸に刺さる剣を見つめ、護は一気に地面に倒れ伏せた。
まだ、この場にはステイルと上条がいる。彼らだけに戦わせるわけにはいかない。そう思うのだが体が言うことを聞かない。
「大丈夫か! しっかりしろ! 」上条が高杉を揺すっているらしい、だが直前に上条の声が、いや気配が消えた。どうやら瀕死の高杉が上条をどこかに瞬間移動させたらしい。
とにかくこれで、無駄死にが出るのを避けることはできた。もっとも自分たちも無駄死にしそうな身で偉そうなことは言えないのだが。
ステイルはプロの魔術師だ。形勢が悪いことを悟れば逃げ切ることもできるだろう。とにかく自分達の役目は終わりということだ。
「(人生の終わりを異世界で迎えるなんてな......ていうか、ここでのことが全部夢で死んだら元の世界に戻れたっていうオチにならないかな......) 」
もはや視界はかすんで、ほとんど何も見えない。すでに体の感覚のほとんどは消えうせ、死に向かって進んでいるのが分かる。
その時、ふと護の耳元で言葉がささやかれた。
「死なないで...... 」
聞き覚えがない、だがどこか懐かしい声。
「助けに来たよ......約束、忘れてないよね? 」
優しい優しい少女の声。この声を確かに護は聞いたことがあった。
その耳に響く風の音。
再び少女の声がした。
「今度はあなたを絶対助けて見せるから! 」
その声を聞いた直後、護の意識は暗闇に沈んでいった。
<章=第二十五話 とある執事と風の少女>
「ねえ、君はだれなの? 」
静かな静かな夜の湖畔。焚き火に照らされながら聞く少年に緑の少女は静かに答える。
「私にもわからない…….. 」
少年は黙って湖畔を見つめた。
「じゃあ、なんで僕を助けたの? 」
緑の少女は首をかしげてしばし悩む。
「私にはできなかったから….. 」
その少女の言葉の意味を少年は知らない。それでも隣の少女の憂いは感じた。
「私はここにいる理由がない…….なのに、君を助けて………ごめんね、巻き込んじゃって 」
「心配しないで? 」
少年は笑顔を見せる。
「僕が、君がここにいる理由になるから 」
少年の言葉に少女はふっと表情を和ませる。
「ありがとう 」
少年と少女はいつまでも静かな湖畔を見つめていた。
「………..僕………は…….いったい……. 」護はふと意識を取り戻した。
「たしか、あの時……. 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン