とある世界の重力掌握
フレイヤ城の隠し部屋で、護はエバーフレイヤ家執事のベネットと戦った。そして戦闘のさなか、ベネットのもつ『報復者(フラガラッハ)』に胸を貫かれ、そのまま地に倒れ伏せ意識を失った。意識を失う直前に誰かの言葉を聞いた気もするのだが、ぼんやりしていて思いだせない。
「ん?……..護が起きた! みんな来て! 護が起きた! 」聞き覚えのある声に目を向けるとそこには美希がいた。
「美……..希…..? 」「良かった…….もしかしたらアンタがこのまま目を覚まさないのじゃないかと思ったわよ 」
安堵のため息をつく美希。どうやらよほど心配させてしまったようだ。
「護……..良かった……. 」
駆けつけてきた哀歌も安堵の声を漏らす。心なしかその瞳がうるんでいる。
「しかし良かったぜ。俺の右手もほとんど役に立たないまま、お前達が死んじまったら後味悪すぎるもんな 」上条も安堵のため息を漏らした。
「あのさ………ここは、どこ? 」
護の問いに答えたのは、いつの間にか護のベットのすぐ横まで来ていたラミアだった。
「ここは『聖騎士団』が管轄する修道院付属病院よ。あなたはベネットととの戦いの後、ここに運ばれて治療を受けてたの。正直危ないところだったわ…….結果的には高杉って子も合わせて2人とも一命を取り留めれて良かった…… 」
「あの……..僕って…….そんな重傷だったんですか? 」
「大変な重傷よ。なにしろ心臓を剣で刺し貫かれたんだから。しかも神話級の『霊装』でよ? これで重症にならないはずないでしょう? 実際、あなたは一度『死んだ』のよ? 」
「へ?……….死んだ!? 」
「ええ…….確かにあなたは一度死んだ……..でも、おかしなことがおきたのよ…….戦場に乱入してきた少女…….フードかぶっていたから声からの推測だけどあなた達と同じくらいの少女があなたに触れた途端にあなたが息を吹き返したのよ! そのままその子は高杉君にも触れて息を吹き返させた……..そしてそのまま、あなた達を狙っていた『タラニス』戦闘員達を手を振るだけで『斬り捨てていた』わ。まるで見えない斬撃を放つかのように 」
ラミアは呆れたように首を振る。
「あれは紛れもない『蘇生能力』ね……人間でそれをやるのを私は初めて見たわ………そいえばその子ね、あなたが目を覚ましたらこう伝えって言い残した言葉があるわ…….『この世界は大変ね 』だって。後、名前も教えてくれたわ…….『ミストラル』って名だそうよ 」
「ミストラル…….. 」
護はミストラルの言葉の意味を考えていた。
『この世界は大変ね 』その言葉が示す『この世界』とは護がいる『とある』世界を指示しているのか、それとも単に魔術サイドの世界のことを指しているのか。
もし『とある』世界を指しているのだとしたら、ミストラルは自分と同じく『異世界』から来た人物と言うことになる。
「その子はどこに行ったんですか? 」
「さあ、気が付いたらいなくなっていたという感じね…….煙のように消えてしまったわ 」
ミストラルと名乗る少女。彼女がなんとなく護達を助けるとは思えない。なにかしら理由があるはずである。だが現時点では護にそれを確認する手段はない。
「(今は、この騒動を終わらせることが先か……..だが、執事である『ベネット』にも敵わない今の状況で…….どうやってクリスを救いだせばよい?)」
現状、クリスの身柄はジェラルドのもとにある。哀歌と美希が戦闘の末に抑えたクリスの妹達も戦闘のさなかに現れたベネットが奪ってどこかに消えた。その上、今の状況では次にジェラルド達がどういった行動をするのかが分らない。
「今回逃がしてしまったのは残念だけど、実は解決手段がないわけじゃないのよ 」
ラミアの思わぬ言葉に全員の視線が集中する。
「どういうことですか? 」
「あの人の計画は、クリスに宿る『主導神ダヌ』の特性を利用し、『運命の3女神』の力を解放して、イギリス王家の禁書目録用の『遠隔制御霊装』を奪うというものだったけど、実際それは今の時点では不可能だったのよ 」
ラミアはため息をつきつつ話を進める。
「『運命の3女神』の力を利用するためには、当然その女神の特性を持つ者の体が必要になるわ。そして女神の特性は1人につき1神しか備わらない。この意味が分る? 」
『運命の3女神』というのは、当然ながら『運命をつかさどる3人の女神』のことを指す。つまり、女神の特性は1人につき1つしか備わらないとすれば『運命の3女神』の力を利用するためには3人の『女神の特性』を持つ人間が必要となるはずなのである。
「あの時、クリスの妹だと名乗ったは2人だけ………じゃあ、まだもう1人、クリスの妹で女神の特性を持った奴がいるってことですか! 」
「ええ、その通りよ。クリスにはもう1人の妹セルティがいるわ。そして彼女さえこちら側にあればあの人の計画を阻止することも可能なの 」
「じゃあすぐにそのセルティって子を探して保護すれば………. 」
「ええ、保護できればね……… 」
保護できればといういう言葉に護は少しいやな感じを覚えた。この口ぶりは不確定要素があるということを意味している。
「保護できればって………保護できない理由でもあるの? 」
美希の問いにラミアはすこしうつむきつつ答える。
「あるのよ…….. 」
絞り出すようにラミアが出した答えは。
「あの子は、吸血鬼になっているのよ 」
その言葉に頭の上に疑問符を浮かべる美希と上条。一方哀歌は事態の深刻さを理解したらしく溜息をついた。
「保護できない理由が分かった………アイルランド聖教所属の立場とすれば『悪魔』の一種とされる『吸血鬼』を……..身内から出すわけにはいかない………出してしまったのなら関わってはいけない……….だから確保できない………そういうこと? 」
哀歌の言葉に頷くラミア。
「本当なら……..そんな建前を気にしている場合じゃない……..そんなこと分かり切ってる……それでも今の私には『立場』があるわ…….大勢の部下を預かる『騎士団長』として軽率な行動はできないの……….たとえそれが私の子に関することであったとしても 」
ラミアはこの事件の中心にかかわる『組織』の一員であり、組織にとって益になる範囲であれば自分の娘を助けるために『個人的な』行動を許される。
だが教会の定めたタブーを破っての行動は許されない。
「だから、セルフィを保護することは私達『十字教』の人間には無理……….本当に迷惑かけるけどあなたたち『科学サイド』の人間にしかあの子を保護することはできないの 」
「つまり、僕たちにクリスの最後の妹……..セルティさんを保護してほしいということですね?では、最後に一つだけ聞かせてください………セルティさんを保護することが、どうして『タラニス』の計画を阻止することにつながるんですか? 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン