とある世界の重力掌握
壁から湧き出してくるゴーレムたちを周囲の砂鉄で防ぎながら全力で走る5人。
どれだけ走ったろう。ふと気がつけば5人はおかしな空間にたどり着いていた。気付けばゴーレムたちの姿も見えない。
「あいつら.....諦めたの? 」
展開していた砂鉄を解除し、周りを黒く染める美希。
「いや、こんなところで奴らの攻撃が止むなんて不自然だ。きっと理由がある 」
そう言う護に、上条が声をかける。
「多分、あれが理由じゃねえか? 」
上条が指さす先、そこには1人の老人が座っていた。
漆黒のローブに身を包む、黒ヒゲの老人。
彼はその皺の刻まれた顔をこちらに向ける。
「ようこそ、儂の神殿へ 」
「あなたは誰? 」
哀歌の問に老人は簡潔に答える。
「『律法学者(ラビ)』だよ。アイルランド聖教に雇われた、祖国を裏切った哀れな老人さ 」
<章=第二十七話 とある組織の共闘要請>
「律法学者(ラビ)か..... まったく厄介なのに当たっちゃったな 」
護は、ゴーレムを操る老いた男を見つめる。
ゴーレムと言えば、イギリス清教のシェリーという魔術師も学園都市への侵入の際に『エリス』という名の個体を使っていた。
時間軸的には、まだ先の話ではあるが、そこにヒントはある。ゴーレムは、破壊できないわけではない。すぐ周辺にあるもので復元されるが、一度はバラバラにすることも可能だろう。
「(一時的にせよゴーレムを崩して、その間に律法学者(ラビ)を戦闘不能にすれば勝機はある! )」
となれば、先制攻撃しかない。グズグズしていれば、再びゴーレム軍団を呼び出されかれない。
目で哀歌と美希に合図を送り、護は律法学者の周辺の重力を掌握する。
「僕が抑える。哀歌!美希! やれ! 」
「! 」危険を察知し、行動を起こそうとする律法学者だが、体に異常な力がかかって手足を動かすことができない。
「無駄だよ律法学者。僕の力は『重力掌握』、重力を自在に操る力だ。あなたの周辺にかかる重力は通常の倍になってる。動くことはできないよ 」
焦りの表情を浮かべ、逃げようと無駄な抵抗を試みる律法学者に向けて哀歌の放つ火球と美希の放つ超電磁砲(レールガン)が一度に放たれる。
形容し難い音が響き、放たれた攻撃は律法学者に直撃した。
「1人相手にオーバーキルじゃねえか? 」一部始終をただ眺めるだけしかできなかった上条がなかば呆れたように言う。
「仕方ないわよ。魔術師ってのは規格外の怪物なんだから 」
そういう美希に、それなら超能力者だって怪物では? と思った護であるがあえて口に出すのは避けた。
しかし、こんなにあっけなく終わるものだろうか。
そう思った護の予感は見事に当たった。
「なるほど、怖いな。これが噂に聞く『ウォール』の実力って奴か 」
突然、聞こえて来た声に慌てて後ろを向く護たち。そこにいたのは赤髪、碧眼の青年。
「誰だ、君は? 」
「律法学者(ラビ)だよ 名はダビデ 」
平然という青年に、驚いたのは哀歌だ。
「馬鹿な....,.あなたのような若造が......律法学者になれるとは思えない 」
哀歌の言葉に、苦笑いしながら青年は答える。
「十字教の迫害者にして、後に使徒として布教に勤めたパウロも若くして律法学者になっていた。なら、俺くらいの律法学者がいても不自然じゃないと思うがな? 」
「どの道、お前の先輩はやられたぜ? お前も早くにげたらどうだ? 」
高杉の言葉に一瞬、ポカんとした青年は次の瞬間、高笑いをあけだ。
「はははははははははは!! なに言ってるのさ? あんなのが先輩な訳ないじゃん ! 」
青年は一息ついて言う。
「あれはダミーのゴーレムだよ。君たちの実力を試すためのね 」
なに?と護が首をかしげたとき『地下神殿』の壁をぶち抜いて大勢の人間が入ってきた。
「ごめんなさい『ウォール』のみなさん! ダビデがどうしても実力を確かめたいといって独断で飛び出していってしまって 、慌てて追いかけたんですけど間に合わなくて....... 」
先頭にいる女性に護は見覚えがあった。というより数時間前に会話した相手である。
「救民の杖のナタリーさんだっけ? つまり、ダビデは敵じゃなかったってこと? 」
「はい.....彼も組織の構成員です。実力者ではあるんですけど、すこし独断先行気味で.....ダビデ! あんた組織全体の信用を失わせる気? 」
ナタリーの叱責に、肩をすくめるダビデ。おそらくいつもこんなやり取りをしているのだろう。
「とにかく『ウォール』の皆さんには御迷惑かけました。今からお返しがわりに『カバラ』で安息をとってもらいます。積もる話しもありますし 」
それは護たちにとっても願ってもない話である。
よって護たち一行は地下通路を通り、喫茶店『カバラ』に辿り付いたのである。
「さて、どこからお話すれば良いでしょうか? 」
「まず最重要犯罪人を収監されている『隠し部屋』についての情報が欲しい。あそこにセルティが収監されてるはず。そしておそらく..... 」
「ええ、私たちのリーダーも収監されているでしょう 」
『カバラ』で、簡単な食事をとって一息ついた護たちは、さっそく、計画を練る作業に入っていた。正直、時間がないからだ。
「その『隠し部屋』については場所の特定はできています。倫敦(ロンドン)塔を構成する塔の1つ『血染塔(ブラッディ・タワー)』内部です 」
「問題はそこに行くまでの道のりです。まずは無数の監視カメラを始めとする防犯システム。さらに魔術的なトラップがてんこ盛り。さらに、あたらこちらに仕事中の魔術師や看守がいまし 」
「監視カメラなどの電子的な防犯システムは美希の能力で何とかできると思う。魔術師や看守については.....強行突破しかないかな 」
「私が派手に暴れて陽動するのは? 本丸の『白き塔(ホワイト・タワー)』を攻撃してそちらを本命と思わせるのはどう? 」
哀歌の提案に護は頷いた。対魔術戦闘に関しては哀歌がピカイチの器量を有している。
「ああ、頼む哀歌。じゃあ、哀歌が気を引いてる隙に他のみんなで........ 」
「念には念を押す必要があるんじゃないか? 俺も陽動をかけよう。『人造軍隊(ゴーレム・ソルジャー)』を使って血染めの塔以外の全ての建物に奇襲をかける 」
ダビデの言葉に、それももっともと頷く護。そこで、なんだか置いてきぼりを喰らっている感がある上条がおずおずと手を上げる 。
「因みに俺はどうすれば? 」
「上条の『幻想殺し』は、魔術師な仕掛けを破壊するのに必要不可欠だけど、上条はあくまでも民間人だ。危険すぎる 」
「そこは私たちが全力でカバーします。確かに上条さんの力は必要ですから 」
という訳で作戦は決まった。この数時間後、護たちによる倫敦(ロンドン)塔への奇襲攻撃が始まったのだった。
2時間後、倫敦塔のあちこちで戦闘音が巻き起こっていた。看守たちにゴーレムの大軍が襲い掛かり、哀歌がプロの魔術師たちを直接殴って吹き飛ばす。
2人の戦いぶりは際立っていた。
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン