とある世界の重力掌握
ベットに横たわる護は内心ビクビクしながらその時を待っていた。正直怖い。いや怖いわけがない。なにしろ精神世界で訓練なんていう事態はマンガやアニメではよくある展開だとしても自身で経験することなどまず無いからである。
護がなにか考える前に唐突に視界か真っ暗になり護の意識は途絶えた。
「ここは? 」
護が立つのは奇妙な空間だった。 自分が住んでいた元の世界。現実世界が荒れはてた姿。いや風化したと言うべきだろう。
「ここは君の精神世界。 そして君を鍛える場所だ 」
姿は見えず声だけが空間に響く。
「視線の先を見るが良い 」
促されて向ける視線の先にあるのは。
「ブリューナク? 」
「そうだ。私の槍だが、今は君が使うのだ。 早く槍を抜け少年。時間はない 」
ルーの言葉が終わるより早く曇り空より、なにかが一気に落ちて来る。
慌てて護が槍を引き抜いた直後無数に落ちたなにかがその姿を現す。
「な? 哀歌? 」
目の前にたつのは自分の仲間。哀歌だったのだ。護の言葉に哀歌はなんの反応も見せず、いきなり破壊大剣を現出させた。
「!? 」とっさにブリューナクを構えた護だったが容赦なく振るわれる破壊大剣に吹き飛ばされる。
「ここは僕の精神世界.....だから哀歌が......となると、あの時落ちてきたのは 」
護が言葉を紡ぎ終わる前に、別の場所に落ちたものたちが次々とその姿を現す。
「やっぱりか 」
護の前に立ち塞がるのは、自分の仲間である『ウォール』の面々。さらに『タラニス』のベネットやジェラルド。『救民の杖』のメンバーたち。
「僕と関係した人たちが勢ぞろいってことか 」
「この状況を君のもつブリューナクのみで切り抜けてみよ。この世界では君の力は使えない 」
「なる程ね......そういうことならやるしかないか。 仲間と戦うのは嫌だけど、全力でやってやる! 」
真紅の槍をその手に握り、護は目の前の強敵たちに向かっていった。
<章=第三十四話 とある3位の意外要請>
護は精神世界でルーの名槍。ブリューナクを持ち戦っていた。
本来、護は格闘技術に精通しているわけではない。その護が今までいくつもの戦いで生き残れたのはひとえに自らがもつ能力があったからだ。能力によって身体能力を強化したりする事によって超人的な力を発揮することが出来ていた。だがこの精神世界では自らの能力は使えない。
武器になるのは自分の体とその手に持つブリューナクだけである。
「ぐわあぁぁぁ!? 」救民の杖のゴーレム使いダビデが操るゴーレムの拳をもろに受けて護の体が宙を舞う。本来ならこの一撃を喰らっただけで護は絶命するはずだが精神世界であるせいか傷を負っても直ぐに再生してしまう。もっとも痛みや潰される感触は伝わってくるが。
「(くそ、洒落にならない。 いくら死ぬ事がないといっても毎回こんな痛み味わうなんて嫌だよ....いかに僕が能力頼みだったか思い知らされるな) 」
護は右手でつかみ続けていたブリューナクに目をやる。真紅の名槍は傷一つなくそこにある。だが護にはルーが使っているようにこの槍を使えない。
「(槍術はおろか、武器術や格闘技もろくに習ったことない僕に槍を使った戦いなんて.....) 」
そう思った直後、今度は高杉が能力を利用した瞬間移動で護の後頭部に蹴りを入れる。
同じ瞬間移動系の能力者である白井黒子の得意技でもある。
「ごばぁぁ!? 」
奇妙な声を上げながら吹き飛び廃ビルの壁にめり込む護。
「(今まで特に意識もしなかったが、こんなにも高杉の蹴りには威力があったのか?) 」
普通なら今ので内臓の1つか2つは潰れたところだ。肋骨も肺に突き刺さるはずだ。だが痛みは感じ、感触もするものの重傷には居たらない。再生してしまうからだ。
「(くそ......この際使えないとか言えないか。 やるしかない!) 」
護は槍を強く握り締める。
「(ルーは僕がブリューナクが『使う』と言った。なら、僕にはこの槍を使って戦う力があるということになる )」
正面から迫るセルティを見つめながら護は立ち上がる。
「やり方や流派なんて関係ない。 これが僕のやり方だ! 」
護は両手で保持する槍を無造作に横に薙ぎ払う。
通常、槍に横に薙ぎ払う機能はない。 槍の本質はあくまで突き刺さすことにあるからだ。それはブリューナクとて例外ではなく通常なら刺すことしか出来ない。そう、通常なら。
「!? 」
ブリューナクがセルティに触れるか触れないかの所で槍の先から光が左右に伸びた。まるで戦国の武士が使った十文字槍のように。
「うおぉぉぉ!! 」護が振り抜くブリューナクの刃がセルティを横薙ぎに吹き飛ばす。
「おめでとう。 それで正真正銘その槍は君の槍となった 」
再び響く姿なきルーの声。
「槍の側面を見るが良い 」
言われるままに槍の柄の側面に目をやる護。そこには無かったはずの槍の銘が刻まれている。
『緋炎之護 』それが槍に刻まれた銘。護の物となったこの槍の名だった。
「本来、我々が使う武具に特定の名などない。なぜならその武具は自らの体と特性によって形作られるからだ。 私が扱う槍が『ブリューナク』だったのには対して意味を持たない。私が君の体に入ったことで君は潜在的に私たちと同じとなった。よって君がその槍を振るうことを決めた事により、その槍は姿を変える。西洋式の投げ槍から東洋式の十文字槍に 」
良く良く見れば槍の色彩自体が微妙に変わっている。真紅の槍は今では緋色(スカーレット)の槍となりその外観も戦国武将が持ちそうな和式へと変わっている。
「さて、槍は君のものとなった。 だがそれだけでは足りない。 君が私から受け継いだ特性を君なりに使いこなせなければその槍はただの武具でしかない 」
ルーの言葉と共に、今まで護に向かってきていた『仲間』を始めとする敵たちが消える。
「最後の訓練だ少年。その槍で、私を倒してみろ 」
今まで実体を現さなかったルーがここに来て姿を現した。 その手に握られるのはつい先程まで護が握っていた槍。即ちルーを象徴する武具『ブリューナク』。
「さあ、見せてみろ少年。君の槍 『緋炎之護』の力を 」
言葉と同時にルーのブリューナクが真紅の稲妻となって宙を飛ぶ。
「(あんなの受けたら怪我どころじゃないぞ!) 」
護はブリューナクを構えたまま全力で横に転がる。
「そこか 」
ルーの言葉に護が身構えた直後、地面に突き刺さったブリューナクが5つの稲妻を護に向けて放つ。
とっさに緋炎之護を前に構える護だがそれだけでは稲妻を防げない。5つの稲妻は防御をすり抜け全てが護の体を駆け抜ける。
「ぐわぁぁぁ!! 」
苦痛と熱さと痺れが一度に襲い掛かる異質の痛みにのたうつ護。
「少年。 槍をそのまま使うことは誰にもできる。だがそれでは強敵相手には通じない。 槍の概念に囚われず、自分の思うことを槍を通して現せばよい。槍が姿としてくれるはずだ 」
護はのたうちながら、なんとか槍の柄を掴み直す。
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン