とある世界の重力掌握
クリスが掛け声と共に空中に放り投げた2つの爆弾は一度はばらばらに重力に従い落下したが、途中で明らかに重力に逆らって落下を止め空中に滞空する。
「いっけぇ!! 」
クリスの念動力に操られ、爆弾は加速し、複雑な軌跡を描きながら咲耶に向けて突き進む。
「笑止! そんな程度で最強を名乗ってるの? 」
クリスをあざ笑いながらその右手を迫る爆弾に向ける咲耶。剣を使うまでもなく片がつくと踏んでいるのだ。
確かに咲耶の炎の放射で爆弾は空中で撃墜されてしまう可能性は高い。
「ここで終わりだ、能力者! 」
咲耶がおのれの能力を使おうとしたその時、異変が起きた。
空中で迫ってきていた爆弾が『自爆』したのだ。
いや、それは意図的な爆発だった。なぜならその爆発はクリスが手に持っている遠隔制御装置により為されたものだからだ。
その爆発と同時に、爆弾内部にしこまれていた無数の鉄の矢、通称フレシェット弾が爆発の衝撃に押され飛び出す。
その押しだされ勢いに乗り制御できないはずのフレシェット弾は、そのすべてが咲耶の両腕を覆う装甲腕に突き刺さっていた。
「なん…..だと? 」
「言ったでしょう? 私は念動力系最強の能力者だって。爆弾から飛び出した直後のフレシェット弾を操作することなんて造作もないわよ。その矢は強力な麻酔薬を塗りつけてあるわ。あなたを殺しはしないけど、その両腕の能力制御用の装甲腕(ガラクタ)を破壊したついでに眠ってもらうわよ? 」
そう言った直後、クリスは違和感を覚えた、追い詰められたはずの咲耶に焦りの色が感じられない。それどころかまだ薄く笑っているられる余裕がある。
「笑止…..一ついいかしら? いつ私が装甲腕を『能力を制御するための腕』と言ったかなぁ? それともう一つ、これを外した私がどうなるかわかる? 」
咲耶の言葉に考えをめぐらすクリスはそこで考えたくもない予想が頭をよぎるのを感じた。まさかと瞳を向けるクリスに咲耶は頷いた。
「分かったみたいね。あの装甲腕は『能力を制御するため』の物じゃないの。あれは『能力を抑さえておくため』のものなのよ。異形の存在に完全になってしまわないためのね 」
そう話す咲耶の周囲を不思議な炎が覆っていく炎の色としては濃すぎる深紅の炎。
その炎は彼女の体全体を覆うかのように巨大な火球となっていく。
<章=第三十八話 廃墟の少女と表裏人格>
「私はまだ万全の状態で100%自分の力を制御できないの。だからあの装甲腕を使って『火野咲耶』として制御できる能力を使っていたんだよねぇ。だけど、それはもう無理。あなた達がこうしたから 」
巨大な火球はもはや見上げるほどの大きさになっている。
「私が....『火野咲耶』が消えて中に宿りし者が目覚めてしまうの。咲耶姫が 」
その言葉が合図になったかのように大きく膨れ上がった火球が猛烈な閃光と共に炸裂する。
凄まじい衝撃に高杉もクリスもセルティもそれぞれの力を使う間もなく問答無用で研究所の外まで吹き飛ばされた。
「がはっ!?......いったい? 」
口から血の塊を吐き出し、せき込んだ高杉が見た先には神々しい光に包まれる少女がいた。
外見はそれほど変わっているわけではない。ロングヘアーはそのままだしその髪、および瞳の色も深紅のままだ。
だが来ているのは先ほどまで装着していたプロテクターで所々補強されたスーツではなく、高校で習う歴史の授業の教科書の最初の方、飛鳥時代や平安時代の女の人が着ていそうな服装になっている。その服もやはり深紅。
「これが私の第三段階.....咲耶姫としての意思が体を操っている状態です。分かりますか? 」
先ほどまでとはまた口調が変った咲耶......いや咲耶姫の言葉に高杉はけげんな表情を浮かべる。
「第三段階だって? 」
「はい、性格には3つめの人格とでもいいましょうか。一つはあなた方が最初に会話した人格、もう一つは先ほどまであなた方が戦っていた人格、そして最後に私、咲耶姫としての人格です 」
「そいつは多重人格者ってことか? 」
「正確には、あなた方と戦った好戦的な人格はそうです。ただ私はそうではありません 」
「じゃあなんだっていうんだ! 」
「科学の力で創り出された人工的なオカルトとでも言いましょうか.....吉沢大学付属研究所が生み出した存在ですよ 」
「? じゃあ、なんだ。吉沢大学付属研究所はこの科学の街でアレイスターに見とがめられることもなく魔術やら魔術師やらに関係するようなオカルトを研究していたって言うのかよ! 」
「アレイスター......この街のトップである人間は気付いていたのだと思います。だからこそ、あれだけの騒動のなか私を宿した『彼女』に追ってが、かからなかったのだと思いますよ。それとあなたは知っておいでか知りませんが、遠い昔、超能力と魔術は明確に区別なされていなかったのを知っていますか? 今や魔術の一種とされる錬金術が元は今の科学者が行う研究学科のようなものだったことと同じで科学とオカルトの境界線はあいまいだったのです。『彼女』をいじりまわした者たちはその原則に従っただけとも言えるでしょう 」
「じゃあなぜ、彼女はそのすでに壊滅した吉沢大学付属研究所に来たんだ? 」
「彼女が来た理由は本人が言ったと思いますが過去に蹴りをつけるためですよ。付属研究所が壊滅したことでなりを潜めたはずの吉沢大学......いえ、それを内包する巨大な組織が再び動き出したからです。その組織が配下に持つ三沢塾と呼ばれる存在を使って 」
咲耶姫の言葉に高杉は思い当たることがあった。
アウレオルス=イザ―トと言う名の魔術師 (正確には錬金術師というらしいが)が学園都市内の進学塾である『三沢塾』と呼ばれる進学校に潜伏しているという情報は護からの通達により耳にしていた。
だがその『三沢塾』がオカルトじみた存在の配下に入っているなどと言うことは聞いたこともない。
「そして現在、その組織の計画は外部から三沢塾を乗っとった第3者の手により一時停止状態にあるという情報を掴んだ『彼女』はもう一人の『彼女』と私の承諾を得たうえでこの街に来ました。この廃墟に来たのは慌てた組織の人間がここに残っている『残骸』や『資料』を回収しに来る前に処分を行う為です 」
「それで、あんたはこの街全てを、暗部を相手にしてでもその計画を止めようとしてるのか?だったらなぜその組織とやらをダイレクトに攻撃しない? 」
「攻撃したくてもいきなりは無理なのですよ。私もこの街の暗部全てを敵に回して勝てるとは思っていません。潰すべくは『彼女』が敵とする組織だけ。しかしその組織が厄介なのです。その組織を率いているのがこの街の上層部を占める人間の可能性があるのです 」
「学園都市の上層部の人間がその『組織』を率いているとでもいうつもりか!」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン