とある世界の重力掌握
「各種情報から考えるとそのようになってくるのですよ。この街の上層部、統括理事会でしたね? そこを構成する人物の名のすべてを知っているわけではありませんが.....その主義主張は一人ひとり違うはずです。そして上に立つ者の中には意外に『善人』は少ないです 」
「だいたい他の国と比較して30年は技術が進んでいると言われる学園都市の上層部の人間がそんなオカルトじみたことに手を出す必要があるか!? 」
「他と比較して30年も進んでいるのはあくまで科学技術ですよね? その一方でこの科学の街で魔術や魔導は下手をしたら他の国以上に軽んじられています。それが意味するのはこの街がオカルトに関係した外部勢力の攻撃に対しての備えが薄い、防備がもろいということになりませんか? そしてそれを危惧する者たちが対抗するためにオカルトに手を出す......というのは考えられないことではないとは思いませんか? 」
「じゃあ、お前が直接組織を潰しにかからないのは....... 」
「はい、もしその組織の行動や計画が学園都市の上層部の意思によるものだとすれば下手をすれば科学サイドそのものである『学園都市』をまるごと相手にしなければならなくなるからですよ 」
「だから俺たちとも容赦なく戦ったのか。俺達が上層部の名で動く暗部組織、それも外部勢力の工作員や組織そのものを掃討、討伐する役目を持つ組織『ウォール』だから 」
「それもありますけど、あなた方『ウォール』がこの学園都市が抱える暗部組織の中で唯一、『組織』としてのまとまりで『魔術サイド』の一組織との戦闘を繰り広げ『オカルトへの対処』を行う実力を持つ可能性があるからでもあります 」
咲耶姫はことばをつづけた。
「もしあなた達が奴らを傘下に収めているこの街の上層部の誰か、あるいは上層部全体の指示のもとに動いているのだとしたら非常に厄介ですからね。なにしろイギリス清教の特殊部隊『必要悪教会(ネセサリウス)』、あの国の3大派閥の1つ『騎士派』と互角にやりあい、アイルランドを本拠地として長年イギリスと互角にやりあっていた魔術結社『タラニス』を他の組織の支援があったとはいえ打ち破り、その時に協力した世界最大の魔術結社『救民の杖』とは良好な協力関係を結び、一度は対立したイギリス清教とも比較的穏健な関係を結んでいる。これだけのことをしてしまう組織に警戒しないわけはないですよね? 」
「なぜそれを知っている? 」
「あなた達の名はもはや『魔術サイド』では有名になっていますよ? 特に十字教の裏側で活動する者たちにとっては 」
「同時に科学サイドからも重宝されているのかもしれませんよ?あなた達『ウォール』は 」
咲耶姫の言葉を否定しようとする高杉だったが、言葉を口から出すことはできなかった。
高杉は元々『ウォール』に属していたわけではない。元はクリス共に別の暗部組織として活動していた。そこを引きぬかれる.....というより自分達の組織にいきなりリーダーとして護が配置され、同時に美希と哀歌が加入し『ウォール』となったのだ。
そしてその『ウォール』は確かに例外的な暗部組織ではあった。
かつてクリスと共に暗部組織にいたころは上に『司令塔』のような指示役がいてその人物からの指示や命令に基づいて裏側の仕事を行なってきた。
だが『ウォール』の場合、その活動の大半が『統括理事長』からの依頼であり、その他はリーダーである護の判断によるものである。それ自体がまずおかしい。
それに暗部組織が独自の判断で動くことはご法度のはずなのだが、あまつさえ『外部組織及び工作員の掃討』を役目の一つとしているにも関わらず外部魔術組織と連携したりしている『ウォール』に制裁が下されたことは一度もない。
咲耶姫の言うように確かに『ウォール』は学園都市から優遇されているようにも思える。
高杉の心の揺れを感じたのか、咲耶姫は薄くほほ笑んだ。
「思い当たる節があるのではないですか?そうなればあなた方が十分私たちの目指すものの障害になるとは思いませんか? 」
「俺達『ウォール』は統括理事長(アレイスター)の指示に従ってはいるが完全な駒になどなるつもりはない。俺たちはリーダーが言った『闇の中にあっても自らの信念を貫ける組織 』になるために行動しているだけだ 」
「だとしてもアレイスターの命令に従っているところは事実ですよね? そうであれば私たちと敵対してもおかしくはない。実際にあなた方がここにきたということはアレイスターからの指示が出たのではないですか? それともこれはあなた方のリーダーの指示ですか? 」
咲耶姫の言葉に詰まる高杉。
「その様子を見ると図星のようですね。アレイスターからどんな指示を受けたのかは分かりませんが、ここでアレイスターがトップに立つ学園都市上層部と関わるわけにはいかないのです。ですからここであなた方を倒して、アレイスターとのつながりを絶ちます 」
火野咲耶、いや『咲耶姫』がそう言った瞬間だった。
「火龍の怒りは大地を焦がす! 」
聞き覚えのある声が響いた。『ウォール』の仲間であり、唯一対魔術戦闘に特化している少女の声が。
哀歌が声と共に放った龍の姿をとった紅蓮の炎は、咲耶姫を上から飲み込む形で地面に激突した。
「のわあ!? 」
本日3度目の爆風に吹き飛ばされ空中に舞い上がった高杉を哀歌がキャッチし地上に降りる。
「お前、哀歌? なんでここに? リーダーは見つかったのか? 」
高杉の言葉に哀歌は首を振る。
「まだ見つかってはいない......でも魔術に近いなにかの存在を感知して......その質の異常さを感じて、捜査を美希に任せて私だけきたの..... 」
「質の異常だって? 」
「高杉が戦っていた敵は......多分魔術師でも超能力者でもない....これは予想ではあるけど力の質から考えてアイルランドの時に戦った......人ならざる者かもしれない 」
「なんだって......? あいつが、咲耶姫が人ならざる者?」
驚愕する高杉に哀歌はことばをつづける。
「この敵相手には高杉達では分が悪い.......私がなんとか戦ってみる.....敵わないまでも足止めくらいにはなるから.....早く逃げて 」
「馬鹿野郎! そんなことできるか! 仲間を置いて.....」
「じゃあ、高杉に……..あいつと互角にやりあえるの!? 今『魔術サイド』の人ならざる者と戦うすべを知っていて……実際に戦うことができるのは私か護かクリスの妹のセルティしかない......
でも護は行方不明、セルティの力では及ばなかった.....なら私がやるしかないわ 」
ぐっと詰まる高杉、確かにいまの自分では『咲耶姫』には敵わない。それは分かっているのだ。だがそれでも納得できないのだ。アイルランドの時でも哀歌は常に強大な敵を相手にしんがりになって戦っていた。
そんな哀歌を今回も足止めに使おうと思えるほど高杉は非情になりきれないのだ。
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン