とある世界の重力掌握
「リーダーを、護を見つけ出して! あの人なら.....きっとなんとかできる!セルティはもうみんなのもとに向ってる。クリスもなんとか説得した....あとは高杉だけなのよ.....早く行って! 」
高杉は哀歌を見、咲耶姫を飲み込み燃える炎を見、再び哀歌を見てから苦々しげに溜息をつき一言いった。
「必ず戻ってこいよ 」
そう言い残し高杉は、無限移動で仲間の待つ場所に瞬間移動する。
<章=第三十九話 とある少女の第三人格>
高杉が瞬間移動したのを確認して哀歌は安堵の息をついた。
なぜなら哀歌は理解していたからだこの敵との戦闘は下手をすると仲間に危険を及ぼしかねないものになるということを。
その証拠に、今さっき火炎に呑みこまれたはずの少女。高杉は『咲耶姫』と言っていたが、平然と火炎の中から出てきたその少女に目立った外傷はない、それどころか着ている時代錯誤な印象を与える服にも一つの焦げ跡すらない。
「さっきの攻撃には正直驚きました.....でも科学、魔術問わず私に炎による攻撃は効きませんよ? 」
「だいたい予想はついていたけど......高杉からあなたの名を聞いて理解したわ。あなた.....いや、その少女の中にいるあなたの名は木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)......人ならざるものね? 」
哀歌の言葉に咲耶姫は着物の裾を口にやってほほ笑んだ。
「ふふふ....その通りよ。さすがに分かっちゃうみたいね、あなたのような人ならざる者には 」
「私が人じゃないと分かるの? 」
「当り前じゃない。一目でわかるわ。そもそも私達にとって外面性は何の意味も持たないのはあなたも良く知っているでしょう? 」
「そう......私達の本質は内面性にこそある。でもあなたはなぜその少女に宿っている?.....あなたは......木花咲耶姫は富士山の大社に奉られる形であの地に縛られているはず。人の身に宿るのは不可能なはずよ 」
「できないことはないわ。要は私の現世での象徴......いわゆる御神体をあそこから持ち出せば私はあの場所から離れることができる。そしてその象徴を人の身に宿せば、私は現世で活動することができる 」
「象徴を宿す.....まさかあなたを富士から運び出し人の身に宿した者がいると? 」
「ええ、先ほどの男にそれについては詳しく話したから聞くといいと思うわよ? 」
咲耶姫は哀歌を真っすぐ見据えた。
「ところで、あなたのことは話さないの? そんな風に人らしく偽装しても内面から漂ってくる匂いは隠せないわよ。あなた竜人でしょう? 」
「大正解.....でも私は本来の姿が.....好きではないから。この姿を気にいってるのよ....それに一つ訂正するけど私は竜人ではない.....私は龍、あるいは竜そのものよ。この世界に引きずり込まれた時強引にこの姿に封じられただけ 」
「それじゃあ、あなたのほうこそ不思議じゃない。 なんでそんな伝説上の存在が現世に現れているわけかしら? 」
「私もあなたと似たような者.....むりやり呼び出された......引きずり込まれたのよ.....この世界に....この現世で目覚めたときには自らの生い立ちも思い出せなかった。それにその時に呼び出した者達の手によって人形にされたから、簡単に元の姿は取り戻せなかった.....元の自分の姿に戻れるようになったのはつい最近のこと..... 」
「じゃあ聞くけど、あなたはなぜ現世にとどまっているのかしら? 元の姿を取り戻したのなら幻想界に戻れるはずよ? 」
「私は.....私に人としての名と居場所を与えてくれ、私に本来の姿を取り戻す助けをしてくれたある人間の為にこの世界に留まっている......彼の願う時がくるその日まで.....私は彼を支えると決めたの..... 」
「彼と言うのはあなた達『ウォール』のメンバーのだれか? 」
「ウォールリーダーの古門護。あの人のために私は現世にとどまっているのよ 」
「ふ?ん.....じゃあ私がその古門という人が率いるあなたたちと戦うと言ったら? 」
「全力で止める。私が胸に刻むdebita935の名にかけて 」
「同じ人ならざる者ながら、魔術師として......人として私と戦おうというのね?おもしろい、面白いわよあなた! 」
「現出せよ、破壊大剣(ディストラクションブレード)! 」
咲耶姫の言葉に答えず閃光と共に全長が3メートルを超える大剣を出現させる哀歌。
「火照命(ホデリ)、火須勢理命(ホスセリ)、火遠理命(ホオリ)、わが炎を纏いて現世(ウツツヨ)にまいれ! 」
哀歌が大剣を出すのと同時に言葉を唱える咲耶姫。その言葉が終わるのとほぼ同時に咲耶姫の周りに突如現れた3つの深紅の炎が人の形をなしていく。
目と口と耳もしっかりと備え、不安定に揺れる炎そのものではなく深紅の肌の巨人の姿となっていく。
その手に握られるは深紅の剣に、深紅の槍に、深紅の戦斧、3人が一つずつ持つその武器が明確に哀歌に向けられる。
それに対して哀歌も『破壊大剣』を横なぎに振るう形で構える。
戦いの合図などなかった、どちらから仕掛けたかもわからなかった。
だがその日その時、科学を象徴する街、学園都市でオカルトを象徴するような異能と異能、人外と人外が激突した。
<章=第四十話 とある姫と竜人少女>
「で........結局、その咲耶姫って奴との戦いには決着が付かず最終的には痛み分けで終わったと? 」
「うん......あの女、予想以上に強くて........ 」
「そうか.......対魔術戦のエキスパートのお前が苦戦するとは余程強い奴ってことになるな......取り上えず哀歌は休め。その体で無理はしない方がいい 」
両手、両足に包帯を巻きつけ体のあちこちにシップを貼っている哀歌はその言葉に頷くと同時に、弦の糸が切れるように気を失った。
咲耶姫こと火野咲耶と哀歌の戦いは彼女が語ったとおり痛み分けに終わった。
一応哀歌の攻撃は咲耶に少なからずダメージを与えた。
だが哀歌も無傷というわけにはいかず全身打撲に酷い火傷を負った。
それで生きていられたことがもう奇跡だが哀歌は現場の状況をきっちり伝えた後でようやく気を失ったわけだから大したものだと言えるだろう。
「それにしても、分かっていたつもりだったが魔術ってのは侮れねえな.........あれだけの戦闘が全て知覚されていないなんて 」
哀歌の話によると、魔術師は魔術と縁がない大多数の人々が暮らす場所では『人払い』という魔術を使って無意識下に干渉することで興味を逸らし、無関係な人間はその地点へ立ち寄らなくなせるらしい。
その辺りの理屈は高杉にはさっぱり分からないが、とりあえずあれだけの騒ぎをよくぞ表沙汰にしなかったものだと感心していた。
「その侵入者はどこにいっちゃったんでしょうね? 私のサーチ術式にも反応しないんですけど 」
そういって首を傾げるセルティは納得いかない表情をしている。
「奴だって始終魔術を使ってるわけじゃねえんだから見つからなくても仕方が無いんじゃねえか? 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン