とある世界の重力掌握
その言葉が放たれた直後、地面に弾け飛び散らばっていた数珠が空中に飛び上がった。
「!? 」
突然の事態に戸惑う哀歌を囲むように数珠が展開する。
「人外の邪よ、闇に沈め! 」
次の瞬間、展開する数珠から光が放たれ全方向から哀歌の体を貫いた。
ごぼっという音と共に哀歌の口から血の塊が吐き出される。
「終わりね......私を嵌めようとしたのが運のつきよ龍人娘 」
<章=第四十八話 とある学区の都市伝説>
その場を静寂が包んでいた。
哀歌を囲んだ数珠から放たれた閃光は間違いなく全方向から彼女の体を貫いた。
その攻撃は確かに彼女にダメージを与えたはずだった。
それは彼女の口から血の塊が噴き出したことからも明らかなはずだ。
だが有効打を与えたはずの数珠の少女は首をかしげた。
「(なぜよ.....)」
少女が目をやるのは哀歌の体に全方向から突き刺さる閃光。
「(なぜよ.....)」
その光景が指すのは本来なら、数珠の少女の勝利のはずである。
だが少女の表情から困惑は消えない。
「(なぜ.....術式が彼女の体に突き刺さったまま止まっているのよ!?) 」
困惑する少女に向けて閃光に全身を貫かれたまま哀歌は笑みを浮かべた。
「なぜ?.....という顔をしてるね....そんなこと単純よ.....龍に人が勝てると思う? 」
彼女が言葉を放った次の瞬間、哀歌の体に突き刺さっていた無数の閃光が弾き飛ばされるように跳ねとばされ空中に浮かんで展開していた全ての数珠を粉々に吹き飛ばした。
「え......?」
「あなたのその術式......仏僧日蓮の龍口寺の法難の伝承を利用したものでしょ?あまたの説の中の一つ、『龍が起こした落雷によって日蓮は救われた』という説を元に全方向から雷撃の剣を対象に放つ術式.......数珠一つ一つに文字を刻むことでその場を日蓮が窮地を救われた龍口の地と同一にして術式を発動させた手並みはほめるわ.......ただ一つ見落としたことがある 」
「なんだというの?」
「龍の落雷により日蓮が救われたという伝承を再現した空間内で龍人である私を完全に殺せるとでも思った?確かに人に近い状態にある今ならダメ―ジを与えることはできる。実際少しは効いた....... だけど龍相手に雷とは......笑ってしまうわね.....東洋の龍が司るものの中に雷があることぐらい承知していたはずでしょう? 」
その言葉に少女が唇をかんだ直後、哀歌はほぼ一瞬で少女の前に移動した。
「! 」
「次はこちらの番よ.....現出せよ、『破壊大剣(ディストラクションブレード) 』! 」
哀歌の言葉と共に彼女を中心に閃光と爆風が周囲に広がる。
「(......なに、この霊力は? 龍もどきの人間のはずじゃなかったの? )」
爆風を受けながら少女は吹き飛ばされてはいなかった。それはやはり聖人の力が成せる所業だっただろうか。
だが次の瞬間少女の目の前に広がった光景は少女の体から急速に力を抜けさせた。
そこに立つのは全長が3メートルはあろうかという西洋風の大剣を片手で構え、背中から神話のドラゴンのような翼を生やし両腕両足がウロコにおおわれつくしている哀歌だった。
首の付近までウロコが覆っており人間のままなのはその頭部だけのように少女は思った。
哀歌はその手に持つ得物『破壊大剣』を空中で軽く振った。
それだけで周囲の空気がかき乱され、渦巻く。
その威力に息をのむ少女に向けて哀歌は告げる。
「魔術師だろうが、能力者だろうが、聖人だろうが、原石だろうが、どのみち人には変わりはないの......神話の世界ならいざしらず..........現代世界で人が神に勝てると思うな! 」
瞬間、哀歌は破壊大剣を無造作に横に振るった。
たったそれだけの動作で凄まじい風が数珠の少女に向けて放たれた。
とっさに身構える少女だったが突風をそう簡単に避けられない。
彼女の体はまっすぐ上に吹き飛ばされた。
もっとも突風で飛ばされた程度で、仏教とでありながら聖人の特性をもつ彼女はそんなに大したダメージは受けない。
だが.....吹き飛ばされ空中に浮かんだ直前、目の前に現れた少年。高杉宗兵が手にする機能性炸裂弾射出器から放たれた学園都市製の炸裂式麻酔弾を無数に喰らってはさすがの彼女も意識を手放すしかなかった。
力を失った少女の体を高杉はうまくキャッチし、空中に着地する。
向こうを見ると変化を解除したらしい哀歌がセルティを背負って手を振っている。
高杉は手を振り返し、自分が背負う少女を見た。
「さてと....お前さんには聞きたいことがたくさんあるんだぜ? ばっちり聞かせてもらうからな?」
そう言った直後高杉はすこしため息をついてこう言った。
「まさかと思うが......この女.....『ウォール』に入るとかいう展開にはならないよな?これ以上女が増えても嫌なんだよ.....」
などとぼやきながら高杉は無限移動でその場より消えた。
その誰もいなくなった路地裏を構成する建物の上に一つの影があった。
「対象は第3者の手で保護された模様、とミサカ10072号は緊急報告します 」
<章=第四十九話 とある路地の数珠少女>
「僕がリーダーの古門 護だ。始めまして三国 希さん 」
暗部組織ウォールが持つ『拠点』の1つ。第22学区の第2階層に建つVIP専用高級宿泊施設に捕虜となった数珠の少女こと三国 希は捕らえられていた。
説得と尋問を高杉と美希が担当し何とか本名を聞き出したがその他の事についてはだんまりを行使して一切喋らない状態が続いていた。
そこで、仕方なくリーダーである護自身が説得に当たることになったのだ。
「あなたが暗部組織のリーダー? 若いわね 」
「あいにくとうちのメンバーは平均年齢が10代でね。でも実力は折り紙つきだよ 」
「それにしてもリーダーが直々に尋問に来るなんて、余程切羽詰まってるの? まあそうなら様を見ろってとこね 」
「どういう意味? 」
「私にかまけてると仲間たちがまた殺しを始めるわ。きっとあなたたちじゃあ対処しきれない 」
「なんだって? 」
「あんた達の計画は終わりなのよ。苦労してわたしを捕らえたのに残念でした 」
ベー!と舌を出す希に護は深いため息をついた。どうやらこの少女は重大な勘違いをしているらしい。
「あのさ.......なんかさっきから僕が『絶対能力進化計画』の関係者っていうこと前提で話をしてるみたいだけど.......僕はそれを止めようとしている側なんだけど? 」
護の言葉に希はしばし目を点のようにして硬直した。
「え......嘘よ嘘! だってじゃあなぜ私を捕まえようとしたのよ! 」
「なんでそんなことをするのか知りたかったからだよ。それに君を計画を阻害する者として捕えたのならさっさと計画の研究チームに君の身柄を引き渡すと思うけど? 」
「言われてみれば確かにそうかも...... 」
「でしょ? だから教えてくれないかな? 」
「..........でも....... 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン