とある世界の重力掌握
口ごもる希。それを見た護は試してみようと口を開いた。
「君が動いたのは誰かに絶対能力進化計画の妨害をするように依頼されたからじゃない? 」
「なんでそれを!? 」
護の言葉に希は目を見開き、思わずといった感じで言葉を漏らした。
「じつはね、僕たちウォールは表向き学園都市外部の敵対組織の工作員の掃討を担当しているんだけど.........その下部組織のエージェントたちからの報告の中に統括理事のいずれか一人と外部組織が繋がりをもった可能性があるというものがあったんだ 」
「............. 」
「君が計画の研究者を襲撃していると聞いたとき、君がその依頼された外部組織の人間じゃないか......と僕は考えたのだけど間違ってるかな? 」
護の言葉に希は無言だった。だがその額には汗が流れている。それは端的に護の予想が正しいことを意味していた。
「まあ、君がどこの組織かについてはその服装や哀歌と戦った時に使った術式から予想できるから良いけど.........僕が知りたいのは君に依頼した統括理事の名前だよ。僕はそいつの行動を止めたい 」
「なんで計画を止めようとする立場なのに同じ立場の人の事を止めようと?」
「君が知っているか知らないけど学園都市統括理事の中に善人は少ない。僕が知っているだけでせいぜい2人だよ。その他の行動には大なれ少なれ私欲が絡んでいるのが大抵だよ。だからその私欲の為に本来犠牲にならなくて良い君のような外部組織の人間が利用されているなら僕はそれを止めたいんだ 」
「あなたって.......善人? それともお人よし? 」
「さあ? それは自分で判断すれば良いよ。それで......教えてくれる? 」
「..........ん?.....分かった、話すわ.......私に依頼してきた学園都市統括理事は貝積継敏だと聞いたわ。もっとも彼自身が来たわけじゃなくてその使者と名乗る男から聞いたことだけど 」
貝積継敏という言葉に護は怪訝な表情になった。別にその名を知らぬわけではない。
むしろ知っているから困惑しているのだ。彼はこんな風な手を使うことができる人間ではないはずだからである。
作品内では貝積は統括理事の中で数少ない善人として描かれていた。だが善人ではあるもののブレインとして雇っている雲川芹亜の存在がある為に有事のさいに人助けなどで協力を依頼するのは難しいとされていた。
そんな貝継があまつさえ実名まで出して外部に依頼をするなど普通はあり得ないはずなのだ。なぜ、雲川芹亜がいながらこんな事を?と護の頭は混乱してしまった。
「あの......大丈夫? 」
心配した希の声に護は思考の迷路から抜け出した。
「ああ....ごめん。それで確認させてほしいんだけど本当に依頼して来た人物は貝積継敏と名のったんだよね? 」
「ええ 」
「その人は統括理事の中では比較的善人のほうだ。だから君に危害を与えるつもりで依頼したのではないと思うけど....念のために君の言っていた仲間たちについては僕たちに抑えさせてもらうよ。殺しはしないから安心して 」
「.........仲間たちがどこにいるか分かるの? 」
「すでに君が仲間の存在を仄めかした時点でメンバーや下部組織の人間が捜索に乗り出してる。それにセルティと哀歌の2人がかけているサーチ術式には君以外に魔術師の反応はない。だからすぐに抑えられると思うよ。君にはそれまでしばらくここにいてもらわなくちゃならない 」
「.........分かったわ。それは仕方ないもんね 」
「僕はその間に計画についていくつか調べておく。君の見張りと面倒は高杉がやることになるからよろしくね 」
そう言い残して護は部屋を出た。
その先に待っている美希とクリス、そして高杉。
他のウォールメンバー、即ち哀歌とセルティは下部組織のメンバーを率いて希の言う仲間たちの捜索に向かっている。
「高杉は聞いていると思うけど希の監視を頼む。クリスと美希は一緒について来てほしい。第22学区内の計画の痕跡を探しにいく 」
メンバーに指示を出し護は動き出す。護をリーダーとする暗部組織ウォール。学園都市暗部の中でもっても外側から恐れられる組織が中の組織に向けて牙をむく。
「さて、じゃあ行こう。暗部の計画を暗部組織の僕らが止めるのも皮肉だけど.....御坂や上条を助ける為にも計画を止めて見せる 」
「護くんが決めたんなら私に異存はないよ 」
「アンタが決めたのなら、私にも異存はないわ 」
護たちウォールの3人は、計画を止める為夜 (とはいっても地下に夜も昼もないのだが)の22学区へと繰り出していった。
そんな護たちの様子を隣の建物の影からじっと見つめる少女がいた。
年齢は10代だろうか。黒の長髪を髪留めでとめており。前髪の左右の一部も結って前に垂らしている。
服装は赤と白の色合いのパーカー。
瞳の色は黒でまばらな街灯の光に照らされる顔はまだ少し幼げな面を残している。
少女は無言でパーカーのポケットに手を入れると無線機を小さくしたようなものを取り出した。
「私だけど。本当にあの人たち........を相手にしなきゃいけないのかな 」
「私はそのつもりでいるけど。なにか不満でも? 」
「ううん。あなたのボスに保護された私に不満はないわ。だから言われたことはやるから」
少女は無線機のスイッチを切りその場から立ち去ろうとした。
その時。
「貴様、なぜここにいる? どうやって警戒網をくぐり抜けた? 」
なにやら特殊部隊風の装備をした男と出くわしてしまった。彼女が知るよしもないが男はウォールの下部組織の人間だった。
「とにかく来てもらおう。事情を聞かなグォ!? 」
最後の辺りが呻き声になっているのには理由がある。
少女の髪の毛の内の2本が宙を飛び、男の両目に突き刺さったからだ。いやもはや突き刺さったものは毛ではなく刃物と化している。
鋭い針と形容される髪の毛に両目を潰され苦悶の声をあげてよろめく男を見る少女の髪の毛はいつのまにか髪留めから開放されて足元まで広がっている。
その状態で一度ため息をついた少女は男を見つめながら呟いた。
「安心して.......痛みも感じる間もなく斬ってあげるから 」
その言葉が苦痛に身を震わせる男に届いたかは分からない。
だが届いているか届いていないかは今の少女には関係がない。なにしろ目の前の男は今の時点では敵なのだから。
少女の髪の毛が纏まりをもち、複数の鋭い刃に変化する。
その刃が僅かな星明かりを反射した光景は見方によっては美しいと言えるだろう。それが少女の髪の毛が変質したものでなければだが。
斜めから横向きに振るわれた髪刀の斬撃は一撃で男の防刃防弾チョッキを切り裂き......彼の体を真っ二つにした。
余りに鋭すぎる斬撃のせいで真っ二つにされた直後の数秒間だけ男には意識が残ったらしい。
「化.....け......物 」
震える唇で呟く男に少女は静かに返した。
「じゃあね 」
別の髪刀による斬撃は男の頭を縦に切り裂き今度こそ男の意識は完全に途切れた。
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン