とある世界の重力掌握
「今、護さんが思ったことそのままですよ。私の身体は既に死んだ身体なんです 」
少し寂しげな笑みを浮かべながら咲耶は話を続けた。
「人造神と言うのは、死した人間の身体のどこかに核となる御神体を埋めこみ、身体の機能を支え向上させる機械で活動能力を確保した蘇生体のことを言うんです。ただし使い物になる成功体が作られる可能性はとても低いです 」
「なんで、人造神は作られたの? 」
「計画の発案者がなにを考えていたのかは分かりません。ただ考えられるとしたら既存の神への恨みかと思います 」
「既存の神への.....恨み? 」
「この世界を支配しているであろう神は必ず人間の都合の良いようには動いてくれない。時には人間を傷つけ殺そうとさえする。しかしその姿は見えないから反逆もできない。なら、自分たちの願いを完全に叶えてくれる人間側にたつ神を作れば良い.......そんな考えがあったのではと思います 」
咲耶の話を聞いた護は内心で思った。確かにそんな考えが浮かんでもおかしくは無いなと。この世の事象を神がすべて司っているのだとしたら、確かに神を恨みたくなることはある。護は現在、もといた世界から異世界に飛ばされているが、これにしても神の理不尽を感じざるをえない。
だが、だから神を作ろうとするかと問われれば護は否と答えるだろう。
それは人間本意の考え方であるし、その為にすでに安息を与えられた死者を利用すると言うのは神への冒涜以前に生命への冒涜と言えるだろう。
「成る程ね......それならその歪んだ計画を止めなきゃいけないね 」
「だけど、その計画の発案者は誰だか分からないのですよね? 」
「それなんだけど、ある一筋で計画の発案者である可能性がある人物の名が知らされたんだ 」
「それは.....? 」
「統括理事の1人、禍島冷持 」
その言葉を聞いたとたん咲耶の顔色がさっと変わった。
「マズイです護さん! それは午前中にウォールに接触してきた人の名前と同じです 」
「え!? 」
「護さんが不在だったので高杉さんが代理として対応して、一言二言会話したと思ったらすぐに電話を切って地図を確かめたら瞬間移動してしまったんですが..........」
高杉が何を言われたのかは分からないが、それでも彼が電話後直ぐに瞬間移動を行ったことから、かなり彼にとって衝撃的な事を言われたのだろう。
「咲耶さん!佐天さんと初春さんに適当に説明しといて!哀歌、いっしょに.......! 」
「いや、あんたが動くこともないだろウォールリーダー。ここは俺が動こう。どの道俺たちも人造神計画を追っていたんだからな 」
そう言ったのは何時の間にやら現れていた救民の杖のダヒデである。
「あのテレポーターが罠にかかっているのだとしたら、地下から向かえる俺の方が良いだろう。大体組織のリーダーが毎回出れば目をつけられるぞ 」
「でも! 」
それでは、また僕のせいで仲間が傷つく。
そう言いかけた護だが、護の肩を抑えながら首を振る哀歌の姿にその言葉を呑み込んだ。
「分かった......高杉を頼む 」
「任せてくれ。しっかり借りは返させてもらう 」
そういって悠々と事務所のドアから出て行くダビデを見送りながら護は切に祈った。どうか、これ以上仲間を傷つけることがありませんようにと。
丁度、同時刻、高杉は学園都市外部に許可証を入手した上で出てきていた。
彼が向かったのは、その外部にある巨大な倉庫である。恐らく元は食料庫だったのだろう。米袋の残骸があちらこちらに散らばっている。そんな中を歩いていく高杉はやがて倉庫の中間あたりで足を止めた。
ぐるりと首をまわして周りを確認した高杉は虚空に呟いた。
「隠れてないで出てこいよ。禍島冷持の部下さんよ 」
その言葉に応えるように、倉庫の上の梁から人影が舞い降りた。
軽やかに高杉の前方に着地したのは顔を奇妙な面で覆い女性用のチャイナ服に身を包んだ人物だった。
面は半分がキツネで、半分がオオカミのものだった。
髪の毛は後ろで一つに結い上げられている。体つきは少女のようだが面を付けているために判別が出来ない。
「良くきたアルね。高杉宗兵 」
「ああ、約束とおり来てやったぞ。お前がアレプーリコス.......か? 」
「それで、どうするカ? 」
「まず聞きたい。クリスはどうしてる? 」
「彼女なら現在改造中アルよ 」
その言葉に高杉の拳が硬く握りしめられる。
「意外に彼女は粘っているアルが........科学には逆らえないデスだよ 」
「そうかい.......ならクリスがまだ持ちこたえて頑張ってるんなら........ 」
次の瞬間、高杉の手に機能性拡散弾射出機が握られた。
「俺も全力で救いださなきゃな! 」
声と共に引き金が引かれ轟音と共に放たれた弾は空中で無数の子弾に分裂しアレプーリコスに向かう。
だが、その弾が当たることはなかった。弾がアレプーリコスに当たる直前に、彼女の前に現出した炎の壁によって全て溶かされたからだ。
「リコスの名は『狐』を表す。そして妖狐が操るのは鬼火アル」
炎の壁の向こうから少女の声が朗々と響く。
「分かっていたアルよね?私が人造神ということは 」
その炎の壁が消えた時、アレプーリコスの姿は変わっていた。頭部にキツネ耳が現れ、お尻の辺りに人間では絶対にあるはずがない尻尾が生えている。面は消えておりその下にあった中華系の目が覚めるような美人顔が露わになる。
人造神と、ウォール構成員のセカンドコンタクトはこの時始まった。そして直前に発生する未曾有の大事件も合いまって事態は予想もしない方向に転がっていくことになる。その事を高杉も、敵であるアレプーリコスも知るすべがなかった。
<章=第五十八話 とある倉庫の人造少女>
いきなり狐少女に変化したアレプーリコスを高杉は比較的冷静に見ていた。
悲しいことに科学側の人間でありながら高杉はオカルト系の敵との接触が多すぎたために見慣れてしまい、あまり目の前のアレプーリコスに驚きを感じることができないのである。
「アリャ?意外に驚かないでアルね? 」
「あいにくと仕事柄見慣れてるもんでな 」
「ああ.............そうアルね..........確かにウォールの人間ならあり得ない話ではないアル 」
感心したように頷いたアレプーリコスは、その口元を少し歪ませ陰湿そうな笑みを作った。
「なら、魔術との戦いも心得てアルね? 」
彼女の言葉と共に、突如アレプーリコスを囲むように周辺に円状に火の玉、鬼火が現れる。
「たっぷり味あわせてあげるデス。妖狐が纏いし力の意味を 」
刹那、彼女の周りに展開された鬼火がまるで機関銃の連射のように勢いよく高杉に向けて発射された。
「つ! 」
所詮、直接照準の能力攻撃では移動系能力者である高杉に当てることはまず無理だ。しかも高杉の視界に入っている位置からの攻撃ではダメージなど与えられるわけがない。
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン