とある世界の重力掌握
女声が響いた次の瞬間、ダビデの前方を覆うように水晶のような輝きを放つ巨大な盾が現れた。
ヨハンの巨大な拳は盾にぶつかり、凄まじい轟音と衝撃波を周辺に撒き散らすが、本来ならそれほど衝撃に強くないはずの水晶の盾にはヒビ1つ入らない。
「まさか...........ナタリーか!?」
ダビデは声のした方に首を向け、そこにいくつかの世界樹(セフィロト)カードを持って身構えているナタリーの姿を確認した。
「ここは一度引くわよ!私の術式も今はこの1つしか使えないの!いくらなんでも分が悪すぎるわ! 」
「しかしそれでは..........! 」
「このままじゃ私たちまで捕らえられてしまう!そうなったらウォールへの借りを返すどころじゃなくなってしまうわ! 」
舌打ちしながらもダビデはその言葉に理があることを認めた。
確かに今の状況はいくらなんでも不利だ。ダビデのゴーレムもナタリーの術式も現時点では相手を倒すことはできない。
「くそが!! 」
吐き捨てるように言葉を放ちながらそれでもダビデは羽織っているローブのポケットからチョークを取り出し地面に凄まじいスピードで文様を描いていく。
「俺の人造軍隊(ゴーレム・ソルジャー)とお前の術式で時間を稼いで逃げるぞ!そっちは自分で脱出できるか! 」
「馬鹿にしないで!私の方が年上なのよ! 」
少し距離が離れた位置にいる2人は互いに頷きあい、同時に言葉を放つ。
「「喰らえェェェ!!」」
その言葉と同時に空中の盾と地面の文様が同時に光を発し、次の瞬間幾体もの人造兵士(ゴーレム・ソルジャー)と盾が変質した無数の水晶の針がヨハンに向けて襲い掛かった。
それらに巨大な腕を振ってヨハネが対応している隙をつき、ダビデは地中を通り、ナタリーは裏口からそれぞれ逃げだすことに成功した。
数分後、2人を逃がす形となったヨハンは相変わらずの無表情のままその腕を元に戻した。
彼の周辺には原型をなくして散らばるゴーレム達の残骸である土くれと、粉々になった水晶の欠片が散らばっている。
彼の腕には何かが突き刺さったような傷跡があったが、そこからの出血なかった。
「敵を撃退.........後処理実行開始.........初めろ.......」
その言葉と同時に、いつの間に外に展開していたのだろうか。
黒いタクティカル・スーツに身を包み、ガスマスクをつけた者たちの集団が倉庫内に黒い奔流のようになだれ込んできた。
後処理を始める者たちに背を向け倉庫の出口に向いながらヨハンはぽつりとつぶやいた。
「トイフェルは........貴様らにほほ笑んだぞ................どうするウォール? 」
<章=第五十九話 とある倉庫の古参終幕>
「そう...........高杉まで.............」
「ええ........ごめんなさい。あなた達ウォールへの借りを返すどころか迷惑をかけてしまって 」
「気を落とさないでくださいナタリーさん...........確かに私達にとってはショックな出来事ではあるけど...........それに関してナタリーさんやダビデが気を落とす必要はないです。本来ならナタリーさん達に私たちに協力する義務などないんですから............それにクリスや美希、それに高杉はそんな簡単に死ぬような仲間じゃないですよ 」
哀歌は拠点の1つである第7学区内のとあるホテルの一室で、高杉への応援から戻ってきたダビデとナタリーから事の顛末を聞いた後、落胆し肩を落とす2人の肩に手を置きながらそう言って励ました。
「しかしな.........倫敦塔で世話になってからさっぱり俺たちは借りを返せてないじゃねえか..........スイスでの戦闘で少しは返せたのかもしれないが、あの程度じゃ、リーダーを救ってくれたことに対する恩返しとしては全然足りない 」
悔しそうにつぶやいたダビデはちらりと横に目をやって呟いた。
「それに誰もがあんたのように仲間の悲劇を冷静に聞いてられないしな 」
ダビデの視線の先にいたのは、机に突っ伏して嗚咽を漏らすクリスの妹にして吸血鬼のセルティだった。
「セルティ、辛い気持ちはわかるけどこういう時こそ頑張って堪えよう?今やウォールの戦力の要は私やあなたのような人外のメンバーなんだから 」
哀歌の言葉に伏せたまま僅かに頷くセルティだが、それでも嗚咽を漏らし続けている。
励ます哀歌だったが彼女自身も湧きあがってくる悲の感情を抑えきれてはいなかった。
何しろウォール結成当初からの古参メンバーである高杉、美希、クリスの三人が短期間に敵に捕らわれたのである。
「敵は..........一体何が狙いなんでしょうか?」
そう聞いたのは、妹達(シスターズ)を巡る騒乱時に敵として哀歌と戦い、その後間違いに気付きウォールに協力している仏教系の魔術師の大山希だった。
ちなみに現在、この拠点にいるウォール関係のメンバーは哀歌、セルティ、希だけである。
リーダーである護、及びSASのアウレオルスと咲耶は招待した初春を出迎えるためにSAS事務所にいるためこの場にはいない。
「そればかりは推測しかできないけど.............多分奴らが実行しようとしている『人造神計画』とやらの邪魔になる可能性の高いウォールの戦力低下を狙ったのだと思う..........」
「でも確かウォールの役割って学園都市と敵対する外部武装組織の掃討じゃなかったですか?あの自称原石の女の子の話だと、計画を計画している勢力は内部の人間達ということじゃなかったですか?だったらそれ専門の暗部組織を狙うのが普通だと思いますけど? 」
「確かに普通に考えればそう.........だけどウォールに課せられているとされる役割は表向きでしかないわ...........実際はリーダーである護の判断のもと学園都市内部の者により引き起こされた出来事にいくつもウォールは介入している。敵が目をつけるのもある意味当然よ............それに...........本格的な対魔術戦を経験し、その力を備えた暗部組織はこの街ではウォールしかいない。それさえ潰してしまえば後の組織は恐れる必要がないと判断したのかもしれないわ 」
哀歌の言葉になるほどと頷いた希は、ふと思い出したように言った。
「この報告を............向こうにいる護さんは........知らないんですよね......... 」
彼女の言葉に哀歌は黙って部屋の窓からSAS事務所の方角を見つめるのだった。
同時刻、護はSAS事務所で佐天と初春を出迎えていた。既に時刻は深夜となっており、窓の外には夜の帳が下りている。彼のもとにはまだ凶報は伝わってきていない。
「やあ、久しぶり初春さん! 直接顔を合わすのはグラビトン事件以来だっけ 」
「そういうことになりますね...............あの後不思議と会わなくなってしまいましたから 」
「確かにそうよね。私とは結構会っていたのに、最近は初春と接点なかったですもんね 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン