とある世界の重力掌握
慌てて支えようと前に出ようとしたセルティを咲耶が止める。
今現在、海神ともっとも距離が近い希に近づき、彼女に気を取られていてはみすみす敵の前に無防備で飛び出すことになりかねない。
そんな咲耶の考えを表情から読み取ったのか、海神は苦笑を浮かべながらトライデントを構えなおした。
「正しい判断っすけど............急がないと不味いっすよ?このままだとその子、脱水症のまま俺に殺されちまうっすよ? 」
「そういうことねぇ.............あなたの人造神の力は水分の操作、そのトライデントから見る限り古代ギリシャのポセイドンが御神体ねぇ?そしてさっき希の左肩にトライデントを突き刺したときにぃ...........そこから水分を抜き取った 」
「もう分かったんすか?驚きっすね、やっぱりタダ者じゃないっすねウォールの面々は。その通りっすよ、正確には体内の水分の10パーセントを抜かしてもらったっす 」
彼からの言葉を聞き終わるより早く、咲耶はそのロボットのような両の装甲腕を向け、その手のひらの穴から深紅の火炎を噴射した。
倒れる希の真上を、彼女にギリギリ触れない高さで通り過ぎた火炎は一直線に海神に向うが、当然ながら海神も周囲の水分を操作して出現させた水流を勢いよく迫る火炎に向けて放つ。
ホテルの一等室である、広い部屋の中間で火炎と水流がぶつかり合い、水蒸気が発生する。
「いくら火炎の勢いが強くても、火に水は消されることはないんすよ!」
「笑止.........だったらさらに強い炎で呑んでしまえばよいだけのことじゃん! 」
その言葉と同時に彼女の手から放たれる火炎の勢いがいきなり上がった。
勢いと大きさを増した火炎は、迎撃する水流を文字通り一気に飲み込み蒸発させ、そのままその先にいる海神に向う。
そこで初めて表情を変えた海神は、勢いよくトライデントを振って水流を放つと同時に前に前転で転がった。
次の瞬間、水に包みこまれたままの火炎が壁に激突し、大穴をあけるがあれだけの勢いと大きさを持っていた火炎の激突にしてはあまりにも被害が小さすぎた。
「なるほどね、今ので分かったわぁ...............あなたの使う水流は2種類なのねぇ。1つは周囲の水分を操作し水流とするもの。もう1つはトライデントから神の力として放たれる水流................そして2つ目の水流の力は、おおかた『海神の所有する海の中での敵攻撃の弱体化』ってとこかしらねぇ? 」
咲耶の言葉にどうやら図星だったらしく目を見開いて硬直する海神。
「なぜ、そこまで正確に知ってる............?」
「なぜって?笑止............まさか知らないのぉ?あなた達のボスに知らされてないのかなぁ?ウォールに味方する私は人造神の1人なんだけどぉ? 」
そう言いながら咲耶はその手を軽く握りこむような動作をした。その瞬間先ほどの海神がそうであったように咲耶の手に一振りの日本刀が握られる。
刀身を深紅に染めたその日本刀の切先を海神に向けた咲耶は、
「今の私に近づかないことよぉ。近づけばこの朱剣の餌食となってしまうから! 」
その言葉に、海神が躊躇している間に咲耶はその刀身に深紅の炎を纏わせる。
「これで終いよ! 」
言葉を放ち咲耶が刀を振ろうとしたその時だった。
「セルティ!術式防護を展開して! 」
窓の外から慌てたような哀歌の声が響き、同時に何かを察知したらしいセルティが両手を広げて早口で何かを唱えた瞬間、セルティと希と咲耶の足元に光り輝く魔法陣が現れ、刹那純白の光が彼女たちを包み込んだ。
同時に外でも2か所を閃光が包み込む。
突然の出来事に理解が追いつかず、ただ閃光をもろに見てしまい、海神は両目を抑えて地面に転がった。
無防備になってしまうことは重々承知していたが、かといって目の痛みは耐えられるものではなかった。
やがて閃光が収まっても、海神はまだ床に転がっていた。
足音が刻々と近付いてくる、自分はいま身動きがとれない。正確には動けないわけではないのだが視界が奪われているために動くことが無謀なのである。その状態ではもはや多数相手に勝ち目はない。彼は本気で死を覚悟した。
だが、足音は自分を囲むように周囲で唐突に止まり.............そこからなんの行動もない。
なぜだ?と心中でいぶかる海神に、上から遠慮がちに声が掛けられた。
「あー............念のために聞くけど、君って『男に偽装していた女』じゃないよね? 」
意味不明な質問に海神は混乱して思わず声を張り上げた。
「馬鹿な、そんはずがないだろ...........ってえええええええ!!??」
途中から悲鳴になっているのは自分の声の変化に気付いたからである。
確かに数分前まで正真正銘の男だったはずの海神は、女になっていた。しかもなぜか原形をとどめない金髪ナイスバディの外国人女性の姿に。
「護.............この現象の理屈分かる? 」
半ば呆れ気味、半ばすがるような声で聞く哀歌に、彼女の肩に手を置き護は首を振りつつ言った。
「どういう理屈かまでは正確には思い出せてないけど、この現象の名前なら知ってる。この現象の名、それは御使堕し(エンゼルフォール)。とある人物が偶然作り上げてしまった過去に例をみない大魔術だよ 」
<オリキャラ紹介>
1.禍島冷持
学園都市統括理事の1人にして、人造神計画の発案者である車いすの老人。
2.建雷剣夜
人造神の1人であり、禍島が保有する私兵集団『神裔隊』のリーダーである少年。かつては咲耶の仲間だった。
3.アレプーリコス
人造神の1人である本名不詳の中華系の美少女。常に奇妙な面をかぶっており力を使うときだけ素顔が明らかになる。高杉との戦闘時は妖狐の力を使用。
4.ヨハン
本名不詳のドイツ人ベースの人造神。無口で時々ドイツ語が日本語に混ざる。巨人の人造神であり、体の一部、または複数を巨人化させることができる。
5.海神湊
人造神の1人で、青髪に青瞳の青年。戦闘中は軽薄な口調でしゃべる。海の神の人造神でありギリシャ神話のポセイドンの力をモデルにした力を使う。
<章=第六十一話 とある週末の一大魔術>
御使堕し(エンゼルフォール) の発動から一夜明けた、8月19日。
護はSAS事務所の机に突っ伏したまま朝を迎えた。どうやら、うつらうつらしているうちに本当に寝てしまったらしい。
隣の椅子では哀歌が同様に静かな寝息を立てて机に手を組んだ状態で乗せて眠っているし、部屋に置かれた長椅子ではセルティが毛布をかけ布団代わりにして寝ている。
部屋には咲耶と希の姿はなく、アウレオルスだけがモーニングティーをしている。
昨夜の戦闘で攻撃を喰らい気を失った希は別室で寝かせられており、また咲耶の場合は哀歌が術式により拘束した人造神、海神湊への尋問を地下室で行っているため同じくここにはいない。
「起きたか、ウォールリーダー 」
紅茶の入ったティーカップを机に置いたアウレオルスは椅子を引いて立ち上がると、護の方に目線を向けた。
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン