Angel Beats! ~君と~
最初のバッターは…
(って…もう最終か……時間の流れって早いな………)
五回の表のトップバッターだ。
勿論、本気は出す。ちゃっちゃと終わらせる為に。
(何だ…?今の俺なら何でも打てそうだ!)
根拠の無い強がりを心の中で呟く。その自信は後々になって崩れるとは知らずに……。
結弦は振りかぶる。だが、違う。
(アンドろー…)
×アンドろー
○アンダースロー
大きな間違い。野田はやはりアホの様だ。
(小枝の真似をした所でこの俺を打ち捕る事は出来ないぜ!!)
空気を裂く様な音が聞こえた時には、もう野田のキャッチャーミットに収まっていた。
「ストライク!」
(え?)
「い…ってぇなこんちくしょ!!」
怒りに任せて投げると難なくキャッチする結弦。予(あらかじ)め言っておいたはずなのに…。
そんな野田を無視。後で面倒になるからだ。
「は…速いよ…!藍川君……」
「小枝より速いな……」
小枝と藍川は真っ先に浮かんだ言葉を口に出す。
あの速さは尋常ではない事は確か。
「竹山君、さっきの球の速さは?」
「最高記録…142キロです!それから僕のことは『ク―――――」
「何処からその力が出ているんでしょうか?ゆりっぺさん」
こうしている間にもスリーストライクにし、一人目のバッターをアウトにする結弦。
一方の野田は痛がっているが、顔がマスクで覆われている為どんな表情をしているかは残念ながら判らない。
「ごめん小枝…」
「いや…さっきのは本当しょうがないよ!だから顔上げて!」
この世が終わった様な顔(小枝談)をしていて、絶望に満ちている。
「俺、打開案を思い付いたぜ…」
「おー!流石だね!で何を思い付いたの?」
「バントだよ…」
『…………』
奇妙に沈黙が長かったという。
二番目のバッター曰く、相手は長距離のいわゆるホームラン並のボールを捕るのが得意。だから近距離、バント位のボールは苦手な筈……
と言う事らしい。
「ん~何か上手く行かない様な気がするけど、頑張ってね!」
「ネガティブに考えていたら上手く行かないぜ。前向きに考えるんだ!」
バットを取ると歩き出し、目的地に向かう。
(俺…約束守れるのか?)
身体を自由に動かせない女の子、ユイとの約束。出逢いはそこらの学生とは変わらないが、逢い方がちょっと特殊なだけ。
一目で、可愛いとも思う。
(神は…居るのか……?)
神がこの世に居たら願いたいものだ。お金とか、地位や名誉、そんな物は欲しくない。
ただ、ユイの笑顔を見れば充分だ。
(この方法なら…多分いける筈……!)
正直に言うと、確証なんてなかった。ただ、凄い選手が後ろに居るだけだから前の野郎共はヘボい……という理論だ。
上手く行かないかもしれないが、バントしか方法はない。
(上手く行くのかな……)
(あいつぁ…どうだろうな……)
小枝と藍川は親が子供を見守る目つきで見る。
(まずは様子見だ…!最初の一球で出来るか判断をすれば良いさ……多分。出来なくてもやってやらぁ!)
張り切っている様子は遠く離れた場所でも分かる。
(終わらせてやる…)
(………)
アンダースローってこんなに凄いの?という位の速さでキャッチャーミットに吸い込まれた。
(…え~こんなに速いなんて……遠くより近くの方が迫力があるな…)
取り敢えず、この速度の球は打てないと解った。後はバントに賭けるのみ。
ただ、速いボールをバントで打つには投げる素振りをした時にしなければ恐らく打てない。投げる前からやっていては、相手が例えボール球を投げてもストライクになるだけだ。
(…出来るのか?俺は)
あのボールを見て不安を覚えた。だが、やらなければならない。
引き分けに持ち込んで、試合を長引かせ、相手を疲れさせなければ勝利はしないだろう。
(やんなきゃな…)
神経を研ぎ清ます。
相手がいつでも投げても良い様に。
(バントしても無駄だと思うんだけど……)
(ここまでは予想通り…だな……)
二人して親みたいな事を考える。
野球をする子供を見る親達はこういう事なんだな…と二人は思う。
「あ、投げた」
「タイミングも良いし、多分上手く行くだろう…」
が、普通ならバントしたら前の方へコロコロと転がって行く筈…なのだが、何故か後ろの方へ行ってしまった。
「ファール!」
「え~?」
「おいおい、メ○ャーみたいだな……」
この場に居る者と、バッターボックスで唖然としている者は思った。
何をしても無駄だと――――――
「ストライク!バッターアウト!」
「大ちゃんがバントして分かったな……」
「そうだね…」
バントは止めて、積極的にバットを振った方が良いと。
また、大ちゃんという人は全てが終わった様な顔(小枝談)をしていたという。
「んじゃ、行って来ます」
「行ってこい、小枝」
最後の希望が点を取る為バットを握り、バッターボックスへと向かう。
「タイム!」
と日向が言い、野田の元へ向かう。
「どうした?」
「ああ?何がだ」
「しらばっくれやがって…左手を見せてみろ…!」
即座に野田の左手首を握り自分の目前まで持っていくと、キャッチャーミットを取り上げる。
それを横で見ていた小枝は、
(ひ…左手が……)
思わず、目を覆ってしまった。
尋常ではない程、腫れていて、内出血している。これは誰でも目を覆いたくなる。
「って酷いなこりゃ…」
様子がおかしいと思ったメンバーは野田に駆け寄る。
「の…野田……その手…」
「かすり傷だ…心配ない……」
「かすり傷所じゃねえよ!つかこれがかすり傷なら骨折はどうなんだよ!?」
「……擦り傷」
「てめぇ…折ってやろうか?」
「おい日向、悪化させてどうする…」
「…そうだな」
取り敢えず、結弦に言われて落ち着く日向はこれからをどうするかを考える。
結弦の球が取れて、反射神経が良い野田を失いたくはなかった。交代させても良いが、誰が速い球を取るのか、そこが問題。
(…この中でやりくりをするんだったら、野田をキャッチャーから外して……でもな………野田は突っ立ってもらうか…)
高松は現在、保健室に居るのでまったく使えない。
だからといってゆりにやらせる訳にはいかない。遊佐、竹山、入江、関根、岩沢…も考えたが、ケガでもされたら困る。
「じゃ、あたしが代わりにやるよ」
とひさ子が挙手をする。
「女にキャッチャーは辛いだろうからな…俺がやる」
「Hay! I do!!」
「俺がやろう…手の皮が厚いからな」
「お前ら…こういう時はやる気出すんだな……俺がやってやんよ」
次々に積極的に手を挙げるメンバー。だが、一人だけ手を挙げていない者が居る。
(皆…)
大山だ。
(でも…皆やりたくて、やっているんじゃないんだよね……)
基本的に体力が無く、小柄で特徴が無い事が特徴な大山は考える。
ここまでやって来た…ここまで勝ち上がって来た。
作品名:Angel Beats! ~君と~ 作家名:幻影