狙われるモノ1
「それにしては人気があまりにないな。静かすぎる。」
ナギの言うとおり、屋敷の中はまるで長年、誰も住んでいないかのようだった。閉めたままのカーテンに、家具はほとんど埃をかぶって、小さい子供がいるどころか、誰にも使われている形跡がない。
埃まみれの廊下に、点々と赤い血が続いている。
おかげで追跡は楽だが・・・逃げている本人も血の跡は当然気づいているはずだ。
なのに隠そうともせずに残しているのは・・・逃げる気がなく、どこかに案内したいということだろう。この場合、鋼のの居場所か、とんでもない罠が仕掛けられている所か、どっちもっていうことも有り得る。
「大佐?・・・何か?」
突然立ち止まった大佐に、中尉がいぶかしげに声をかける。
「・・・まるで案内しているようだと思っただけだ。」
「そうだな。」
ナギが頷く。
「嫌な感じしかしないが・・・この招待を受けなければ、エドワードにはたどり着かないんだろう。だが誘われるまま行くのも危険だ。大佐、二手に分かれるか?」
「いや、先ほど街でやりあったときに、こちらの人数はバレている。意味がないだろう。招待を受けるしかなさそうだ。」
――血の跡は地下へ、ナギが言う澱んだ気がする方へと続いていた。
石造りの螺旋状の階段を降りると、意外に広い部屋に出た。
そして、そこに男はいた。錬成陣の中心でエドワードを抱えた錬金術師。
「兄さんっ!!!」
「アルっ!!待てっ!!」
何も考えずエドワードの元へ、錬金術師の元へ駆け寄ろうとするアルをナギが慌てて止める。
「だって、兄さんが・・・兄さんがっ!!」
「落ち着け、不用意に近づくな。足元の錬成陣が見えないのか?」
「ナギさんこそっ!!兄さんの血が見えないでんすかっ!!」
「・・・見えている。最悪の状況ではないが、それに限りなく近いな。」
男に抱えられているエドワードはピクリとも動かない。アルの声にも反応しない。右肩からは血が滴り落ち、顔色も閉じた眼も・・・命がかろうじてあるくらいの状態だ。
「ようこそ、アルフォンス・エルリック君だね。どうしてもキミに聞きたいことがあるのだよ。残念ながらお兄さんは教えてくれなくてね。」
「シュウ・コリンズ・・・なぜ貴方がこんなことを。」
「やぁ、ロイ・マスタング大佐。久しぶりだね。出来れば君とは会いたくはなかった。招待したいのはアルフォンス君だけだったんだが。」
「今すぐ、鋼のを解放しろ。逃げ切れないのはわかるだろう。私の力を知っているハズだ。」
「知っているが・・・解放する気はない。」
「では、実力行使だっ!」
大佐が発火布を付けた指を鳴らす。
赤い錬成の光は真っ直ぐにコリンズへ伸び――炎を出すことなく途中で消えた。
「なにっ!?」
一瞬、大佐はひるんだが、すぐに2発目、3発目の錬成の光を放ち――全て、コリンズの手前で霧散し、炎となることはなかった。
「どういうことだ?」
「無駄だよ、マスタング大佐。この錬成陣はあらゆる錬金術を無効にする。」
「そんなことが・・・」
呆然とする大佐に、ナギが冷静に答える。
「理論的には可能だ。錬金術の基本は理解、分解、再構築。この分解の錬成反応はどんな錬金術でも共通の要素だ。それを錬成陣に組み込んで、ある一定の条件を満たすものを排除する・・・そういう理屈だろう。」
「そのとおりだ。キミは初めて見るが、中々賢い錬金術師だね。」
「そりゃどうも。・・・理屈では可能だが、実現できているのを見るのは初めてだ。この錬成陣を完成させるほどの知識があるのなら、貴方も相当賢い錬金術師だ。
――なぜエドワードを、アルフォンスを狙う?」
「人体錬成だよ。」
「「「なに?」」」
「人体錬成を成功させるために協力をお願いしたが断られてね。」
「人体錬成は不可能ですっ!」
「君も兄の鋼の錬金術師も同じことを言う。聞き飽きたなぁ。
不可能じゃない。――対価を支払えば可能なはずだ。事実、この国では人体錬成が起こったじゃないか。あの日食の日。国民すべてを巻き込んで行われたのだろう。」
「人体錬成じゃありません。死んだ人間を生き返らせる人体錬成なんてないんですっ。
あの約束の日に行われたのは、化物を産む錬金術だっ!!それも失敗に終わってるんですっ!」
「信じないよ、私は。私は息子を取り戻す。そのための代償は、いくらでも支払う。」
コリンズの視線が、ふと後方に向けられた。
つられるようにそちらへ視線を向けると、隣の部屋に繋がるドアが開いていた。
そこには・・・その部屋の奥には、モノのように無造作に折り重なった死体が。
最早何も映さない虚空を見ている緑色の目をした子供。金髪で・・・誘拐された子供だ。
更にその死体に囲まれるようにして、錬成陣の真ん中に小さな柩があった。
「コリンズ・・・貴様は子供を誘拐して・・・何をした!?」
「大佐、言っただろう。人体錬成だ。」
「・・・誘拐した子供を代償としてか。」
「そう。だけど失敗してね。それでタッカーから聞いた禁忌を犯した兄弟を探していたんだ。
そしたら駅で見かけた、金色の髪に金色の目を持つ少年を。すぐにタッカーが話していた兄弟だと気づいた。それでキミの名前を使って招待したんだが・・・骨に雷撃しても右肩を砕いても、肺を焼いても、人体錬成の秘密を教えてくれない。こんなに我慢強いとは計算違いだったな。」
「貴様・・・よくも私の名を・・・。」
大佐の顔色が変わる。発火布をした拳が震える。
「弟に聞こうと言ったら、初めて慌ててね。それでアルフォンス・エルリックを招待したんだ。
だけど、帰ってみたらちょっと雷撃が強すぎたのか、しゃべれる状態じゃなくなってたんだよ。
だから、アルフォンス君、キミも知っているなら教えて欲しい。人体錬成はどうすれば出来る?何を代償にしたらいい?」
「兄さんに・・・何をしたって?」
「雷撃。君もさっき味わっただろう。普通の人間なら1発で意識が飛ぶ。それを直接骨とか内蔵に当てるんだよ。」
「そんな・・・そんなことしたら・・・」
「うん、死ぬより痛い思いをする。普通、しゃべると思うんだけど、知らないの一点張りでね、教えてくれないんだ。代わりに、キミが教えてくれないか。知っているだろう?人体錬成の方法を。何を代償としたらいいのかを。」
「・・・ふざけるな。」
「なに?」
「兄さんを離せぇぇーーーっ」
錬金術が通じないなら、直接奪うまでだ。殴りかかろう錬成陣へ近寄る。雷の錬金術師は兄さんを盾のように前に出した。その首にはぴったりとナイフが当てられている。
「それ以上少しでも近づいたら、切るよ。」
「くっ・・・・」
思わず動きを止める。それなのに、兄さんの首筋からは血が一筋落ちる。
「やめろっ!!」
「やっぱり・・・君たち兄弟はどうやら自分の体より相手の体を痛めつけたほうが苦しいみたいだ。アルフォンス君、兄の体をこれ以上傷つけられたくなければ、私の質問に答えてくれないかな。」
「兄さんが言ったことは本当だっ!!人体錬成は不可能だってことは、ここまで錬金術を研究したのなら分かるでしょう!?」
「では、なぜ、鋼の錬金術師の右手はあるんだ。そしてキミの体も。錬成したものなのだろう?」