狙われるモノ1
「死んだ者じゃないからです。生きた者と覚悟があるなら体の一部を錬成することが可能なだけなんです。」
「では、もっと代価を支払えば死んだ者を取り戻せるはずだ。」
「違うっ!!無理なんだ。どんなに望んでも、人間には不可能だ。死んだ人間は生き返らないっ!!」
「いや、不可能じゃない。賢者の石と代価と人体錬成の知識があれば。賢者の石の在り処は知っている。あと足りないのは知識だけだ。エルリック兄弟、君たちの人体錬成の知識が、経験が欲しいんだよ。」
「知らない。そんなものはないっ!!」
ナイフが動く。
「やめろっ!!」
「その答えは聞き飽きた。それ以外の答えを私に教えて欲しい。弟君が知らないのなら、そこの賢い錬金術師、キミが教えてくれるかい?」
「私もそんなものは知らん。」
「鋼の錬金術師の命と引き換えと言っても?」
「ナギさんっ」
「・・・少し時間をくれ。アルと大佐とも話し合いたい。」
「あまり長い時間かけると、死んじゃうかもよ。今でも虫の息だ。」
「見りゃ分かる。5分でいい。」
ナイフを少し首から離した。
どうやら少しの時間だけ猶予があるようだ。
さて、どうするか。
大佐と中尉とアルと・・・ヤツに聞かれないように小声で話す。
「中尉、狙えないか?」
「エドワード君が以前のように小さければ狙えないこともないですが、今の体の大きさではムリです。盾のように使われてどうしてもエドワード君に当たります。」
「そうか、鋼の・・・なんで成長したんだ。」
エドワードが聞いたら微妙な気分になるような会話だが、二人共真剣だ。
「錬金術も体術も銃もムリ・・・どうする?ナギ、何か方法はないのか?」
「アルとヤツが会話しているときに密かに錬丹術を試したが、効果はなかった。すごい錬成陣だな、アレは。気もアレのせいで感じなかった。全てを遮断すると言っていい。あとは・・・・いや、方法はないな。」
あるにはあるが、危険すぎる。
「ナギさん。」
アルが静かな声で呼びかける。
「なんだ?」
「魂の入れ替えをしてください。僕と兄さんの魂を入れ替えてください。
魂の入れ替えは、きっかけは錬金術だけど、分解はしない。お互いの体に魂がひかれあうだけ、違いますか?僕が兄さんの体と入れ替わって、何とかあの足元の錬成陣を消します。」
正に私が思いついた方法をアルが提案する。
「ダメだ。あの状態のエドワードだと、魂の入れ替えに体が持たないかもしれない。入れ替えを行う体が失われたら・・・二人ともただではすまない。私がエドワードと入れ替わる。」
「それこそダメです。ナギさんは兄さんと共通点はないじゃないですか。入れ替えなんて出来るんですか?それに、体のダメージって魂が近ければ軽くなるんじゃないですか?この中で一番、兄さんの魂に近いのは僕です。」
「・・・頭の良い弟子は嫌いだ。」
「ナギさん。お願いします。」
「ダメだ。それでも危険すぎる。」
「僕は、もしこんな形で、錬金術師が原因で兄さんを失うことになったら・・・人体錬成をします。絶対に兄さんを取り戻す。」
「アルフォンスっ!!」
真っ直ぐな目を睨みつけるが、まったく怯む様子はない。普段は大人しい弟子なのに。
「・・・師匠を脅すとはいい度胸だ。」
「脅しではありません。本気です。」
「尚、悪い。・・・引く気はないんだな。」
「はい。」
「わかった。イチかバチかだが入れ替えを行う。」
「ナギっ」
「大佐、これ以外方法はない。このままだとエドワードの命は尽きる。時間はない。――アル」
「はい。」
「エドワードの体は見て分かるとおり、相当痛めつけられている。お前に耐えられるか?
お前は痛みには弱いだろう。」
「そんなことは・・・」
「あぁ、弱いというわけじゃない。人並みだな。だが、エドワードは違う。痛みに強い。
足も腕も、もげても正気を保っていられる子供なんてそう居ない。お前は正気を保てるか?
――入れ替わったら、正気を保ち、一部でいい、錬成陣を消すことだけを考えろ。」
「わかりました。」
「最後に、念を押しておく。」
「まだ、何か?」
「絶対、死ぬな。」
「はい。」
アルの決意に満ちた目を見て、その返事で心を決める。
中尉とそれと大佐にはできるだけ離れてもらう。
アルと大佐の魂が入れ替わったら冗談ではすまされない。
アルフォンスを中心に剣を投げる。8つの剣で円を作り、複雑な組手を行う。魂を故意に入れ替える錬成を行うのは初めてだが、失敗するわけにはいかない。
「無駄だ。何をするつもりか知らないが、この錬成陣の中にいる限り、錬金術は効かない。
それより、それが答えなのかな?どうあっても人体錬成の秘密は教えない――鋼の錬金術師の命は、もういいのかい?」
首にナイフを再び近づけるが、一切無視して、術を発動させる。光の洪水が沸き起こる。
アルとエドワードの魂は近い。真理の扉の前で長く混在していた。入れ替えることは可能――魂が惹かれあう力が強いハズだ。
光が収束し、目の前のアルは倒れていた。
成功したのか?確認しようにもアルもエドワードもどっちも気を失っていて分からない。
「何をした?今の光はなんなんだっ?・・・もしや人体錬成・・・」
「ぐぁあぁぁっぁ」
突然、エドワードが叫んだ。その声に雷野郎が不意を突かれる。その一瞬、ヤツとエドワードの体がわずかに離れる。
ドン ドン ドン
中尉の銃がエドワードを抱えていた雷の錬金術師の右手に命中する。
「うあぁぁ」
思わずエドワードを抱えていた手が離れる。
エドワードは床に落とされて、痛さで叫びながら、転がりまわっている。
錬成陣の一部がエドワードの血によって消えた。
「今だ、大佐っ!!」
バリバリバリ
大佐の赤い錬成反応の光は、今度は途中で消えることなく、雷の錬金術師を捕らえた。
「うあぁぁぁ」
持っていたナイフも取り落とし、男は炎に包まれる。
あとは大佐に任せればいい。
それよりも、アルの、エドワードの体だ。
「アル、落ち着けっ、アルっ!!」
「うあぁ・・・かはっ・・・い、息が。・・・ぐああぁぁっ」
「動くなっ。じっとしてろ!!中尉、押さえてくれ。」
「はい。」
近くで見たエドワードの体は本当にボロボロだ。黒い炎症が体のあちこちに見える。特に手の平、足の甲・・・神経が集中する末端部分だ。性格最悪だな、あの雷野郎。
中尉に体を抑えてもらい、横たわった体を囲うように錬成陣を描く。その上に剣を突き立てる。八角形の頂点を定め、意識を集中する。傷を治す錬丹術。緑色の光が発生する。
意識を、すべての感覚をエドワードの体に集中する。
「くっそ骨が砕けて・・・本当に肺を焼いているじゃないか。よくもここまで・・・・」
錬金術師への恨み言はあとだ。一刻の猶予もない。
特に右肩の損傷が激しい。このままでは右腕がもげそうだ。まずは骨、砕けた部分を集めて錬成し、焼けた組織を再生する・・・神経までブチ切りやがって・・・これは相当痛いはずだ。神経をつなげ、周りの寸断された筋肉組織を再生し、血の流れを呼ぶ。
―――視界が二重にブレ、意識が霞んでくる。くっそ、こんなときに・・・ダメだ、もう少し。この錬丹術が終わるまでは、この体から離れるわけにはいかない。
―――