【静帝】 SNF 第二章
呆気にとられて絶句した状態のまま固まった帝人の眼前で、ひらひら手を振って呼び掛ければ、ぎこちない動きで大きく見開いた瞳を、横目遣いに正臣へと向けて来る。
調子付いた正臣が、「任せろ、帝人!おまえが選んだ“男”は、父さんがしっかり、品定めしてやるからなっ!」と胸を叩いて、ばちんと片目を瞑ってみせたら…さすがに、悪乗りが過ぎたらしい。
「そ…んなつもりで、紹介したいって、言ったんじゃないのに…っ」
公園に誘った事をそう揶揄されると、なんだか本当に、彼等との顔合わせを望んだ気持ちが、そんな意図だったように思えてきて居た堪れない。
羞恥に染まった真っ赤な顔を見られるのが嫌で、俯いてしまった帝人の頭を、ぽんぽんと軽く叩いて正臣が、「からかって悪かった」と素直に詫び言を述べる。
別に怒ってる訳ではなく、単に気恥ずかしかっただけなので、帝人は顔を伏せたたまま正臣にそっと腕を絡めて、子供が父親に甘えるように小さく額をすり寄せた。
「みっ、みみ…帝人さ〜ん?いつもより大胆…というか、随分、積極的、な気がするんっスが〜っ」
情けない位、みっともなく狼狽えている自覚があった。血圧が急上昇し、脈拍数の一気に跳ね上がった心臓が、耳にバクバク動悸を響かせる。上擦って裏返った声が、いっそ滑稽だ。
「ふふっ、変なの。これ位のスキンシップ、しょっちゅう正臣の方からして来てるのに…。なんで、僕からくっ付いたら、そんなに慌てるかな〜っ?」
可笑しそうに唱えられるささやかな疑問は、確かに今更で、お説ごもっともな指摘だった。
顧みるまでもなく、互いがまだ幼かった頃から、やたらめったらハグしたり、はしゃぎ回って過剰にじゃれあってたのは事実だし、大きくなった今なお現在進行形で、心の赴くまま気さくに触れ合い、照れる帝人に密着行為を慣れさせたのは、紛う方なく正臣自身に他ならなかった。
(〜〜けど、しゃ〜ねぇじゃん!お前から…ってのには、さっぱり免疫ねぇんだよっっ!!)
やけくそ気分で、正臣は心中で泣き言めいた愚痴をぼやいた。
思い返せば、帝人が触れてくる前に、いつも自分の方からスキンシップを仕掛けてたから、容認して受け止めては貰えても、こんな風に甘えられる機会など、これまで殆ど無かったのだ。
おまけに、帝人の中での認識が、旧知の“紀田くん”から幼馴染みの“正臣”に昇格され、擦れ違ってた心の距離が縮まった事が、言動に影響を及ぼしてるのか…。
普段から、ちょっと幼けない印象を覚える帝人の口調や仕草が、昔に戻った感覚に引き摺られた分だけ、いや増しに愛くるしいあどけなさを強調してくるのだから――天然あまえた攻撃を食らう側としては、全く以て堪ったもんじゃなかった。
(でもなぁ〜可愛いとは思っても、今まで帝人相手に、ときめいた事なんて無かった…よなぁ?)
つい、まじまじと見詰めてたら、視線を感じた帝人が不意に顔を上げ、茶目っ気たっぷりに瞳を瞬かせて、揶揄された事への意趣返しのつもりか、「あのね、お父さん」と、甘ったるい声色で囁いた。
「僕が選んだ人を“品定め”するのは、お眼鏡に適うと思うから構わないけど…。でも、静雄さんって、本能で、敵意と好意を嗅ぎ分ける人だから。あんまり突っ掛らないで、仲良くしてね?」
――おねだりする仕草はすこぶる無邪気なのに、言ってる内容はとんでもなく物騒だ。
何だか、変に浮ついて舞い上がってた心情が、一気に急降下してぐったり萎えた。
(結局、意識しすぎて翻弄されてたのは、オレだけだった…って訳ね。)
まぁ、分かってたけど…。虚しい気持ちになるのは、きっと“年頃の娘を持った父親”の感傷に浸ってるから。そう無理尽くで己に納得させ、正臣は肩を竦めて自嘲の笑みを切なく零した。
気落ちした様子の正臣に、対面を臆した故と勘違いした帝人が、「…だっ、大丈夫!静雄さん、喧嘩は(得意だけど)嫌いな人だし。正臣から怒らせる事しなければ、きっと暴れたりしない(と思う)から!」(多分)と、何やら不穏な副音声をたっぷり潜ませて、懸命に庇おうと、取り成しの弁を重ねるのだが…はっきり言って、それ、逆効果だからな?帝人。
「平和島静雄が、“沸点の低いキレやすい男”だっつ〜のは承知してるから。さすがに、面と向かって喧嘩ふっ掛けるよ〜な無謀なマネ、いくらオレだって仕出かしゃしね〜よ」
仲良くできるとは思えなくても、険悪な顔合わせにして、帝人を悲しませるのは本意じゃない。
一応、「安心しとけ」と伝えてやると、ほっとした様子で微苦笑する帝人に、そんな乱暴者と一緒にいて怖くないのかと、正臣の脳裏を『ドメスティック・バイオレンス』の懸念がつと過ぎる。
――けれど、どうやらその心配は、要らぬお節介だったらしい。
「静雄さんはね、他の人よりちょっと怒りっぽくて、一度キレると自分の力を抑えられない短所が悪目立ちし過ぎるから、誤解され勝ちなんだけど…。本当は、とても穏やかで実直な、気性の優しい温和な人なんだよ」
確かに、女子供に乱暴狼藉を働くような外道だとの噂は、ついぞ聞いた事は無い。(…が、それを、フェミニストと評する帝人の意見には、激しく同意し兼ねるぞっ!)
「以前は、いったん激昂すると理性が完全にすっ飛んじゃって、破壊衝動に駆られるまま、暴走しちゃってたらしいんだけど…。最近はね、イラッとしても怒りに我を忘れる事がなくなって、乱闘してる最中でも、ちゃんと頭の片隅に覚めた部分が残るようになったから、返り討ちにする相手に対して、そこそこ手加減できる様になったんだって。偉いよね」
日々、理性を試されて“忍耐力”がついたお陰だって言ってたけど…一体、どんな精神修行したんだろうね?と、『ウチの子自慢』の態度で、レベルアップした平和島静雄について語る帝人に、「理性を試される状況って、一体…」との茶々を入れそびれて、正臣はヒクリと片頬を引き攣らせる。
人並み外れた怪力を持つ『自動喧嘩人形』が、冷静な状況判断の出来なかった欠点を克服して、尚且つ、力加減をコントロールする術を身に付けたというのか…っ!!
しかも、十数年間、一向に制御できなかった怪力をセーブできる様になった要因が、「うっかり帝人に、怪我でもさせたら大変だから。」だと聞かされては、もぉおおお〜〜っっ!!
(っんな単純な理由で、あっさり乗り越えられるよ〜な次元の話じゃねぇだろぉおお〜〜っ!?)
短絡思考の朴念仁の分際で、『偉大なる、愛の奇跡の為せる技』だとでも、ほざく気かっ?
こんっの単細胞が〜っ!と、声に出さずに罵倒する正臣の、胸中の荒み具合を察する事なく、帝人のお惚気発言はまだ続く。
「とても純粋な人なんだ、静雄さんは。優しさを表現するのが苦手な…とても不器用で温かい人」
すごく生真面目で、嘘のつけない誠実な人なのだと、正臣の腕にもたれ掛かりながら帝人は、平和島静雄の人柄について、ぽつりぽつりと所懐を述べる。
「いや…なんつ〜か、結構ベタ惚れなんだな、おまえ」
――冷やかす気はなく、つい無意識にそんな感想が口をついて出てた。
作品名:【静帝】 SNF 第二章 作家名:KON