【静帝】 SNF 第二章
それが伝わったからなのか、今度は照れること無く、「そりゃあね」とケロリとした態度で平然と肯定し、絡めていた正臣の腕からゆっくり手を離して、半歩前へと進み出てから、「軽い気持ちの遊びでなんか、年上の…まして同性の男の人となんて、付き合えないよ」と、静かな声音で帝人はひっそりと呟いた。
今どき、十やそこらの年の差カップルなんて、世間にゃゴロゴロいるご時世だ。
それでも、生半可な覚悟じゃ、性別という障害の壁なんて、そう易々とは乗り越えられっこない事くらい、正臣にだって解る。
「一生大切にするから、ずっと傍に居させて欲しい」と乞われた時、交際を反対する両親に勘当され、二度と家の敷居を跨げなくなるかもしれない未来をも覚悟をした上で、平和島静雄という男を受け入れたのだと、帝人は言った。
――交際の申し込みというより、それはもうプロポーズだ。
…重い。15やそこらの子供に向けるには、余りにも重苦しい愛の告白だ。
けれど、その直向きで真摯な想いが心奥に届いたからこそ、茨の道を一歩踏み出す勇気を、帝人は奮い起こす事ができたのだろう。
(しっかし…出逢ってわずか3ヶ月足らずで、結婚を前提としたお付き合い…ですか。お二人さん)
かのシェークスピア不朽の名作、“出会ってから死ぬまでたった数日”だったロミオとジュリエットを思えば、これでも劇的な進展には及ばないのかも知れないが――なんか…色々と、負けた気がする。
「泣きたいほど誰かを愛おしいと想う気持ち。あの人は、僕にそれを教えてくれた」
大切な人なんだ…そう言って、本当に泣きそうな顔をして、へにゃりと情けない微笑みを幸せそうに浮かべた帝人の姿を、きっと一生忘れないだろうと正臣は思った。
《 森へお帰り、ナイチンゲール。仲間の待ってるあの森へ。
私なら、もう大丈夫。おまえが歌ってくれたから 》
(……泣きたいほど、誰かを愛おしいと想う気持ち…か。)
そう聞いて、ふと脳裏に思い浮かんだのは、暗闇で途方に暮れてた自分に、仄かな淡い光を潤すように柔らかく降らせて、壊れかけてた魂を癒してくれた、上弦の月の幻想的な心象風景…。
救いを求めて見上げた夜空に、控え目に浮かんだ弓張り月を、自分は何故、離れ離れになってた帝人の面影と重ねたのか――ようやく、その“答え”に思い至れた気がした。
(ああ…何だ、そうか…。あの頃からずっと、オレは帝人のことが……。)
傍に居てと、がんぜなく帝人にせがむ事しか出来なかった子供の自分と、傍に居たいと、ありったけの思いの丈を惜しみなく捧げて、帝人と共に在ることを望んだ平和島静雄。
求めるのが恋、与えるのが愛…。似て非なる慕情の相違が、現状の立位置の差を決定付けた。
今更悔やんだとて、詮方ない事くらい、正臣とて重々承知している。けれど、それでも…。
(特別の“一番”なんかじゃなくていい。だから、どうか――傍に居させて…。)
――自覚した時には、諦めるしかなかった、淡い想い。
名付けることの叶わなかった仄かな慕情を、正臣は一粒の涙を手向けに、誰にも臨終を看取られる事なく、秘めやかに心奥の裏庭にひっそりと手ずから埋葬した。
暫し、沈黙の降りた厳かな雰囲気を共有し、ゆっくりとした足取りで粛々と市街を進む。
目的地の終着点が見えてきた時、遊歩道から飛び出してきた小さな子供がふたり、はしゃぎ声を上げて走り去ってく楽しげな後ろ姿を、どこか懐かしそうな遠い眼差しで優しく見送ってから、帝人はふと何かを思い出したように、クスリと小さく笑みを零した。
片目を眇めて、どうしたのかと問うてくる正臣の視線に、少し決まりが悪そうな困った表情を浮かべて、帝人は内緒話を打ち明けるように、平和島静雄との初邂逅にまつわる逸話を語りだした。
「今でこそ、静雄さんとは恋仲なんてくすぐったい関係になってるけど…実は、あの人の第一印象って、けっこう最悪だったんだよね」
「へっ?え…な、なに?そうなのか?」
聞かされた意外すぎる所感に、虚を衝かれて返答にまごついた正臣が、焦れて続きを促す。
そのせっつきに軽く応えて、帝人は感慨深げな面持ちで、「初めてあの人を見掛けたのは、こっちに越してきて間もなくだったんだけどね?」と、まだ記憶に新しい衝撃体験を振り返った。
――その日、駅前の100円ショップで日用雑貨を買い足した帰り道、帝人は巷で噂の『自動喧嘩人形』に、図らずも遭遇する事態に見舞われた。
文字通り“蜘蛛の子を散らす”ように、周囲にいた人々が散りぢりになって逃げていく様を、呑気にも「うわぁ、こんな光景初めて見た!」と感嘆して、物珍しげにきょろきょろ眺めていたらしい。
そういう時は、おまえも一緒に走って逃げなきゃダメっ!そう叱りたい気持ちをぐっと堪えて、正臣は話しの続きに耳を傾ける。
「気付いたら、近くには誰も居なくなっててね?人っ子一人いなくなった分、かなり見通しの良くなった並木道の反対側から、静雄さんがこっちに向かって歩いて来たんだけど…」
だ・か・らぁ〜〜っ!なんっでおまえは、その場にぼさ〜っと突っ立って、危険人物が近付いてくるのを待ってるのっ!…過去の回想と解っていても、思わず心中で叫ばずには居られない正臣だった。
「その時はまだ、上京したてで事情がよく分からなかったけど…。今にして思えば、初めて間近で見た静雄さんってね?どうやら、臨也さんと一戦争やらかした直後だったみたいで…」
正臣の脳裏に、“宿敵”を仕留め損なった挙句まんまと逃げ果せられた悔しさを、前面にギラギラと押し出して、禍々しい憤怒のオーラを垂れ流しながら接近してくる、平和島静雄の幻像が浮かぶ。
帝人の記憶によれば、更にそいつは、標準装備のサングラスを掛け直す余裕も無いまま、凄まじく凶悪な形相を惜しみなく人目に晒してたというのだから…おのずと、先の展開が読めてくる。
申し訳なさげに「…静雄さんには悪いけど、それ見て思わずこう評しちゃった」と漏らす帝人に、正臣は、次に投下されるとおぼしき爆弾発言に備えて、ぐっと息を詰めて身構えた。
「うわぁ、短気が服着て、臨戦態勢で歩いて来るっ!!…うん。アレは確かに、紀田くんが言ってた通り、《危ないから、絶対!近付いちゃイケない人》 だ!…って」
話の腰を折るまいと懸命に口を噤んでいたが――ついに、辛抱たまらず突っ込んでいた。
「さっすがオレの毒舌天使!実に天晴れな、惚れ惚れするレベルの情け容赦ない表現力だぜ!」
帝人は、微苦笑しながら「…まぁ、完全に目がイっちゃってたから、静雄さんの方は、それが最初の出逢いだとは認識してないと思うけど。」と、フォローの言葉を付け加えていたが…。
最低最悪の印象を、ばっちり!帝人のハートに焼き付けて、現在の恋人・平和島静雄は、地獄の底から響くような低音で「殺す殺す殺す」と呪詛をぶつぶつ吐き出しつつ、脇目も振らずに猛然と真横を通り過ぎて行ったという。
――それが、彼等のファースト・インパクト。
作品名:【静帝】 SNF 第二章 作家名:KON