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【静帝】 SNF 第六章 【完】

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 色んな意味で衝撃の連続だった初の“面談”の所為で、すっかり神経をすり減らしてしまった正臣は、覚束無い足取りでよろよろと三人の後を追って歩を進め、どうにか公園の出口まで辿り着く。
「それじゃあ、お弁当を作って、静雄さんが迎えに来るのを待ってますね」
 今から、本日最後の『回収』へと向かう恋人を慕わしげに見上げながら、少し面映ゆそうに頬を染めて、旦那を送り出す新妻みたいに「お仕事頑張って下さい」と帝人が言った。
 お弁当…の単語に反応した正臣が、だるそうに疲れ切った声調で「…ぁん?何だ、帝人。弁当持参で、明日はそいつとどっか行くのか?」と、何の気なしに問い掛ける。
「へ?ああ、うん…。お弁当は、明日じゃなくって、今夜食べる“夕ご飯”用だけど…」
 一泊二日で、静雄さんちにご招待されたので、『お部屋見学ツアー』に行って来るね。と、軽い調子で、サラリと《とんでも発言》を噛ましてくれた帝人に、一気に正気付いた正臣が、泡を食って「ちょっ…待て待て待てっ!」と叫びを上げた。
「一泊二日のご招待ぃい〜っ!?…何?泊まんの?今夜?そいつン家にっ!?」
 矢継ぎ早に追及の言葉を浴びせられて、勢いにちょっと怯んだ帝人が、隠れるようにすかさず恋人の背後に回り込む。
 それから帝人は、両手でキュッと男の腕にしがみ付きながら、ぴょこんと半分だけ顔を覗かせて「…ねぇ、行っても良いでしょ?お父さん」と、甘えた声色でおずおずと懇願を口にした。
((…何だ、この可愛い生き物は…っ!!))
 おねだりされる『父親役』を割り振られた少年と、背中に逃げ込んだ恋人に不意打ちで腕にくっ付かれた男が、同時に「うっ」と息を詰めて身悶えた。
「お泊り会なんて、小学生の頃まーくんが引っ越す前に、たった一度、許して貰えただけなんだよ?」
 正臣“お父さん”に…と言うよりは、故郷にいる実父に向けて「…もう子供じゃないんだから、外泊くらい、そろそろ認めてくれても良いと思うんだ。」とぼやく帝人に、悩殺されて軽く意識を持って行かれてた二人が、揃って「えっ?」と驚きの声を漏らして固まった。
 お泊り会――なんて幼稚な、あどけない印象の単語だろう…。艶っぽいアダルトな展開など、その響きからは微塵も連想できない。
(…何故、恋人に「泊まりに来ないか」と誘われて、ただの“お泊り会”だと思い込む…っっ!!)
 どう状況把握に努めてみても、正臣には、恋人と《一夜を共にする》という色っぽいシチュエーションを、単なる《お部屋見学》感覚でしか捉えてない帝人が、大切な『初夜』を捧げるつもりで男の招待を受けたとは、到底思えなかった。
 その気も無いのに、自分から“喰われ”に一人暮らしの男の部屋にノコノコ泊まりに行くのであれば、純潔を奪われたと後で泣きを見るのは明らかだ。(…まぁ、嫌がる者を無理矢理…なんて事のできる男じゃないと、その辺はそれなりに信用してたりもするのだが。)

「なぁ、帝人…。おまえ、そいつと“寝る”覚悟は、ちゃんと出来てんのか?」

 当事者たる静雄が、居た堪れなさの余り「少しは他聞をはばかれ!」と抗議したくなるような露骨さで、正臣は差し出がましいとは思いつつも、念の為に一応確認を取ってみる。
 本当に、大人の階段を上る決心が付いてるのであれば、恋人同士のアレコレに口を挟んでまで外泊を反対するほど、正臣とて野暮ではないつもりだった。
 なのに――「同衾したいって言われた時は、静雄さんって熟睡してる時も『力』を制御できるのかな?って、ちょっと不安に思っちゃったけど…。でも、今の静雄さんなら、きっと大丈夫だって信じてるから。一緒に“寝る”覚悟なら、心配しなくてもちゃんと出来てるよ。」だなんて、まさかの方向に逸れた返事を聞かされようとは、流石に父さん思わなかったぞっ?帝人ぉおお〜〜っ!!
(〜〜って事は何だ?つまりアレかっ!?もしかしなくても、貞操の危機なんかより、むしろお前の“生命”そのものの危機を、オレは先ず心配しなきゃいけなかったのかっ!?)
 共寝した平和島静雄に『抱き枕』にされたが最後、全身複雑骨折…ヘタをすれば、背骨をへし折られてそのまま“ぽっくり”逝っちゃった…みたいな短い生涯の閉じ方、マジで洒落にならないから勘弁してくれませんか?帝人さんっ!!
 この“怪力”男に限っては、あながち有り得ない話じゃないと思えるだけに、おっかない想像をさせないで欲しいと、正臣は心の中でさめざめと泣いた。

 ホンっトに信用しても大丈夫なんだろうなっ!?と、きつい視線で訝しげに睨み付けて来る少年に、「無意識の状態でも、こいつの事だけは、しっかり識別できるから問題ねぇ。」と、惚気にしか聞こえない発言を何のてらいもなく言い切って、静雄は己が腕にピトッとしがみ付いた小さな恋人を、複雑な面持ちで見下ろした。
「…確認のために一応訊くが、オレが“おまえと同衾したい”っつったのは、ただ単に“一つのベッドで一緒に眠りたい”って意味合いだけで、言ったんじゃねえって事は…」
 分かってんだよな?と、イヤな予感がして不安混じりに問い掛ければ、案の定、帝人はつぶらな瞳をきょとんと瞬かせて「え、え〜っと…?」と頭の上に疑問符をしこたま浮かべて、言い淀んでくれた。
 やっぱりな…と浅く嘆息して、「朝まで寝かせてやれないかも知れない」と言ったのは、どう受け止めたのかと尋ねれば、恥ずかしそうに言うのを一瞬ためらった後、帝人はほんのりと頬を紅潮させて「…静雄さんと、色んなことを語らいながら夜明かししたら、今以上にもっと、静雄さんを身近に感じられる様になるのかな。それって素敵だな…と思いました。」と答えて、くすぐったそうに照れ笑いを浮かべた。
(…まいった。ここで、その告白は反則だぞ、帝人…。)
 有頂天にさせておきながら、あっさりと失意のどん底に突き落とし…。それからまた、恋心を揺さぶるような甘い囁きを口にする。まったく、とんだ“天然たらし”に惚れてしまったものだと、つくづく思う。
 性的に未成熟であるが故に、今はまだプラトニックな方向にしか思考が及ばないのだろうが、それでも子供が傾けてくれる一途な想いは、遺憾なく伝わってきたから――胸の奥がやさしい気持ちで温かく満たされ、もどかしさに急いていた焦燥感は安らかに昇華され薄らいでいった。

「小学校も中学校も、修学旅行に参加させて貰えなかったから…。ずっと、憧れだったんです」
 中学時代の級友達が聞かせてくれた土産話の中には、宿泊先の旅館で消灯後も高揚した気分を抑えられず、結局寝ずに朝まで皆でふざけ合っていたから、次の日は眠くてしょうがなかった…という内容の懐旧談もあったらしい。
 外泊経験の著しく乏しかった子供が、級友達の語る楽しそうな思い出話に、どれだけ羨望し憧憬の念を抱いたかは、想像に難くなかった。
「ふふっ…でも、まさか静雄さんに、枕投げしたいって言われるとは思いませんでした」
 念願のお泊り会から、叶わなかった修学旅行の疑似体験へと期待がふくらんだ結果、想像の行き着いた先が、定番の“枕投げ”だったという訳か…。
(…枕を交わしてくれっつったのは、情交を結んだ間柄になってくれ、って意味だったんだがな。)