刻まれた溝
「……多分、疲れておられたのだと……」
「雨に当たりすぎたんじゃねぇか?」
「政宗様が丈夫すぎるんです」
「小十郎、主人に向かってなんていい草だ」
耳に入ってくる声にゆっくりと目を開く。
「あ、元親様!」
部下の声と、視界に入る天井で自分の居場所を認識する。
「…おうよ…。どうやら、倒れちまったらしいな……」
「はい。伊達様が運んで下さいました」
「そうか…」
俺はゆっくり起き上がると、姿勢を正して、伊達殿と片倉殿に頭を下げた。
「大変、お見苦しい点をお見せいたしました。平にご容赦下さいますよ…」
「チカちゃん!」
俺の言葉が終わる前に伊達殿が声を上げる。見開かれた左目には怒りの色を宿していた。
「全く心配かけてんじゃねぇぞ! このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ったぜ!」
「…誠に申し訳ございませぬ。この度のこと、何とお詫び申し上げてよいものか…」
俺は頭を下げるしかできない。俺自身、急にこんな状態になるとは予想していなかったわけである。
「でも、まあ、無事でよかった…」
怒りの色を打ち消した瞳は、今度は柔らかな色に変わり、ほっとした表情が浮かんでいる。
「ありがたきお言葉……」
「小十郎、それから、えーっと、チカちゃんのおつきの人? 悪いが外してくれ」
俺がえっ?という声を上げるのと同時に、片倉殿は静かに立ち上がった。よほどのことが無い限り、伊達殿の命令は絶対なのであろう。
「……承知いたしました。ただ、あまりお時間がございませんゆえ……」
「わかってる。すぐに終わらせる」
片倉殿が部屋を出て行くのに続いて、俺の部下も部屋を後にした。
「さて、話をしようぜ、チカちゃん」
「…話すことなど……」
「俺にはたくさんある。まず、あの海でどうして死にそうな顔をしていた?」
あの時、俺の返答は必要なかったようであったのに、再度、この質問を持ち出してくるとはどういうことだろう。
「…別にそういうつもりはありません。ただ、私は…海に……」
「海?」
「還りたい、そう思っていただけです」
「還るっていうのは、海に溶けるということか? 全てを捨てて?」
「……そう……、私がこの場所にいることは……許されない……」
許されない、と思っている。
あの時、あの場所で、無謀にも戦いを起こしてしまった罪は大きい。後悔してもしきれないほどのあの行いは、結局、俺にどうしようもないほどの罰を与えてきている。
「わからねぇ。何がそこまで追い詰めてるんだ?」
「……申し上げることではございませぬ。手前の犯した罪……」
「でも、言ってもらわねぇと、俺が納得できねぇ。それはチカちゃんのその言葉遣いと態度にも関係しているんだろうが」
わかっているはずだ。
俺が犯した罪も、こういう態度でいることも。
俺の口から何を聞き出したいというのだろうか。
「…伊達殿…、もう、お気づきのことでございましょう。ですから、どうぞ、これ以上の追求は…勘弁願いたく…」
「チカちゃん、俺は一切気にしていない。なのに、それを罪だというのか?」