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釣り人日記・余話

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「何だ」
「しないのか」
「……何をだ」
「何と呼ぶんだったか忘れた。ええと、あんたが俺を押し倒して」
「ああ、分かった、分かったからそれ以上もう言うな」
うん、と素直に頷いて、彼はぺたりとへばりついてきた。そして蚊の鳴くような声で、また──同じ事を、繰り返した。

どうして戻ってきた。
──どうして?

彼とそういう行為をするという事、それはそれで結構な事であったが、トロイとしてはやや気になる点もあった。
「おい」
「うん」
「……どれだけ風呂に入っていないのだ、お前は」
「風呂って何?」
「……水をかぶったり、頭を洗ったり」
「やってるよ、時々」
「一番最近やったのはいつだ」
「……いつだっけ」
ぽかん、と阿呆のように、……事実今の彼はもう阿呆としか言いようがない状態なのかもしれないが、どうしてそんな事を問題にするのか理解できぬという風情で彼はかくりと首を後ろに倒してトロイを見上げてきた。埃と泥と恐らくは海の潮で汚れた頬には昼間の涙の跡が一筋、今では白く浮かび上がっている。口の周りに僅かに付着しているのは例のタコ料理の名残だろうか。
様々な感情が去来していたはずだったが、結局トロイがまず真っ先に行ったのは、自ら動く気を無くした少年の首根っこをひっつかんで裏庭に追い立て、そこに転がっていた桶に沸かした湯を流し込んで、衣類を引っぺがした少年をそこに放り込む事だった。既に周囲は暗くなっていたが、松明の痕跡もあったし、油の残っている大きめのランプもあったから光源としては問題なかった。

ほどよい加減の湯で手ぬぐいを絞り、彼の体を丁寧に拭き清めた。いつぞやとは逆だな、と内心苦笑する。なすがままに、だがほのかに目元を和ませている所を見ると、少年も別に悪い気分ではないのだろう。
気が向けば水を浴び、時には泉に飛び込んでいたというだけあって、汚れは表面上のものだけで想像していたほど垢だらけという訳でもなかった。背骨や肩胛骨、あばらが妙に浮き出た体は少々痛々しいが、かつてほどではないにしろ最低限の筋肉はまだかろうじて残っているのが救いだった。腕から肩、背骨にそってゆっくりと指を這わせてみる。まだ大人になりきっていない、柔らかな筋肉が弾力のある肌の下にうっすらと感じられた。
記憶が蘇る。まだ「人らしさ」を、多くの記憶を留めていた少年の記憶だ。しかし彼はそれがやがて失われていくと知っていた……そして両手を差し伸べ、トロイに全身を預けてきたのだ。魚拓の替わりのようなものだ、と減らず口を叩きながら、ただ人形のように無表情であったはずの彼は決して他の者にも見せた事は無いであろう表情までもをトロイに許したのだった。その表情と共に触れた細いしなやかな腰が震える様まで記憶に鮮やかだ。
気づけば湯に浸かっていた少年は首だけ傾げてトロイの方を振り返っていた。どこかとろりとした表情で、……彼の背から腰にかけての皮膚を指先を滑らしまさぐっていたのだという事実に気づく。慌てて指先を離そうとすると、ざぷりと音を立てて少年が身を乗り出してきた。
そのまま、やめないで、そう呟く声には明らかに色が混じっている。思わず顔を見返すと、彼はニヤリと……考えれば初めて見る表情で……笑い、痩せた腕を今日は片側だけ差し伸べてきた。
左腕だ。……その手の甲にある黒々とした痣の意味を、トロイは既に知っていた。
手首を掴み、そのままたぐり寄せると、彼の細い身体はあっさりと腕の中に収まった。衣服が濡れたが、どうせ脱いでしまうのだからどうでもよかろうという投げやりな気分が頭の片隅で蠢いた。それに、それ以上に気になっている事もあった。
「……どうして私を誘う。……お前にとってこれは屈辱ではないのか」
「何故そう思う?トロイ」
「男が男に抱かれるなど、…お前が生来からそういった趣味の持ち主ならまだ分からなくもないが。何故自ら望む。この身体を差し出す」
それは恐らく、二年前のあの日からずっと頭のどこかに存在した疑問だった。しかしその言葉を聞くと、少年は小さく笑みを浮かべてするりと全身をすり寄せてきた。
「ああいうことが、あって。そしてあんたは俺の事を忘れなかったな、トロイ」
「あのような事があって忘れられるものか」
「うん。……忘れて欲しくなかった。俺も忘れたくなかった」
小さく唇が動く。それが彼の真意だったのだろうか。

ただ忘れずに覚えていてくれるだけで良かった、……俺にとっても忘れられない何かが欲しかった。あんたはそれをくれた。それだけで、良かったんだ。なのに
──どうして戻ってきた、トロイ。この閉ざされて朽ちるばかりの淀んだ生け簀に。もうここはあんたに相応しい場所ではないというのに。

馬鹿な事を言う。そう思った。そして、ようやくどうして自分がこの場所に戻ってきたかを理解した。そう、とうに結論は出ていたのだ。問題は山積しているが、しかし頭のどこかがすっとクリアになった心持ちがした。それを与えてくれたのもまた、かつて彼に二度目の命を与えてくれた少年だった。
だが、今は彼の望みを叶えてやろう。……それは己にとっても望みである、とようように自覚した。義務でもなく、ただ忘れぬための形ばかりでもなく。
帳の褥で少年の細すぎる身体は、しかし柔軟に柔らかくしなり、その内部は熱く絡みついてきた。さして質も良くないランプの明かりの下、月も爪月、しかし淡い光の中情欲とそれ以外の何かに突き動かされて少年は涙を零し、そのたびにトロイはそれを舌先で緩く舐め取ると再び腰を深く突き入れた。少年の喉から零れる悲鳴に明らかな甘さと快楽が混じっている事を確認し、トロイは闇の中薄く笑みを落とした。
少年の足がトロイの腰に絡み、もっと奥へと誘ってくる。せわしない呼吸を繰り返しながら、彼は再び涙を零し、おねがい、おねがいと何かをただ願い続けた。その唇を己のそれで塞ぎ、舌を深く絡めて、細い腰を掴み狂ったように己のそれを打ち付け続ける。真奥に楔が打ち込まれるごとに口腔の舌がびくりと跳ね、唇の端から押さえ切れぬ嬌声が切れ切れに漏れた。もう互いに幾度吐精したか記憶になく、頭の片隅でまるで獣のようだと思わなくもなかった。


「──で。お前はこれで、私の事を決して忘れないと、思っているのか?」
「………うん」
返事は酷く気怠げだった。まあ当然だろうな、そう考えるトロイも実のところやや腰がだるい。結局日暮れ直後から空が白むまでひたすら交わり続けて、まるで儀式のようでもあった前回とは打って変わってトロイ自身も少年も欲望丸出しといった風情だった。部屋の窓を開け放っているので風が入り壁面の魚拓がかさかさとややうるさいが、そうでもしておかないと室内に籠もった濃密な情交の名残は消えてくれそうになかったのだ。
時刻は再び日暮れ時だった。当然ながら夜明けと同時に二人ともそのまま意識を無くしてしまい、先に目を覚ましたトロイが外を見ると太陽は既に中天を過ぎていた。
絡み合ったどころか深々と交わったままだったため、当然ながらお互いの身体は酷いもので、湯を沸かし互いの身体を清め、最後に少年の後孔に指を差し入れ名残を掻き出している最中に本人が目を覚ましたのだった。
作品名:釣り人日記・余話 作家名:滝井ルト