トータル・イクリプス Side Story
敵よりも手強い敵
篁唯依がユーコンを離れて3日。
クリスカは唯依の言葉を思い出していた。
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「敵よりも手強い敵…知っているなら教えてくれ、それをなんと呼ぶのだ?」
「―恋敵だ。」
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「恋敵、か…」
唯依がユーコンを離れ、クリスカはユウヤに極力会わないようにしていた。同じ男を愛する者として、フェアでいたいと思ったからだ。
(しかし…何故だろう?ブリ…ユウヤに遭わない選択をする度に胸が痛む…)
しかし恋愛に疎いクリスカ。自身が感じた事の無い感情に戸惑っていた。
「クリスカ?」
感情に対して処理できてないうちに、イーニァが近づいてきた。
「どうしたの?イーニァ。」
「クリスカ、ユウヤに会いたいんだね?」
この子は何でもお見通しだ。隠し事なんてしても無駄だろう。
「そうね。でも…」
「ユイの事が気になるの?」
「…」
「大丈夫。ユイなら許してくれるよ?」
「でも…」
「私も、ユウヤに会いたい。」
「イーニァ…」
「一緒に会いに行こう?」
ユウヤに、会いたい。
それはクリスカの正直な気持ちだ。反面、それは許されないのではないかという気持ちもある。
だがイーニァも会いたいと願っている。もしかしたら自分に合わせてくれているのかもしれない。
迷った末―
「分かったわ。今度ユウヤに会いに行きましょう。」
「うん!楽しみだね!クリスカ。」
「ええ、そうね。」
クリスカは柔和な笑みを浮かべた。そしてイーニァもその「色」を感じていた。
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数日後。
ユーコン基地野外格納庫
XFJ計画の「中断」を受け、ユウヤは基地内待機を命じられていた。いわゆる休暇である。
―「必ず、戻る。」
いつか唯依が戻って来た時。その時こそ不知火を…
確固たる決意。それを確認するため、ユウヤは毎日不知火弐型のハンガーを訪れていた。
「俺とお前はもっと上を目指せる…必ずな…」
弐型を確認し、基地へ戻ろうとするユウヤ。だがその途中、懐かしい顔を見つけた。
「クリスカ、それにイーニァも…」
「ユウヤ!久しぶり!」
ユウヤを見つけたイーニァはクリスカの手を引きながらユウヤの元に駆けてゆく。
「お前ら、久しぶりだな。その…大丈夫だったか?」
「うん!大丈夫だよ!」
「その…ブリッジス、あの時はすまなかった。貴様を命の危機に晒しただけでなく、貴様の機体にまで多大な損害を…」
「気にするな。不知火はあんなんじゃ死にはしない。なんたって、俺と唯依が作り上げた機体だからな。」
誇らしげに語るユウヤ。だがクリスカの胸には微かな痛みが走った。
罪悪感だけではない。ユウヤの、何気ない一言。
「唯依」と親しげに呼ばれる彼女に、軽く嫉妬心を抱いた。
「そうだな…貴様と篁中尉の機体だものな…」
自分とは過ごした時間が明らかに違う。頭では理解しているが、どうにも感情が追い付かない。
知ってか知らずか―いや恐らくは後者だろうが、ユウヤは気にも留めずに続ける。
「ああ。だからクリスカが気にする必要はない。」
「ねぇユウヤ?」
「ん?なんだイーニァ。」
「クリスカがね、ユウヤとデートしたいんだって。」
「「!?」」
イーニァの突然の発言に2人がフリーズする。
「どうしたの?ユウヤ?クリスカも。」
「いいいイーニァ、いきなり何を!」
「…イーニァ、どうしてそうなったんだ?」
動揺するクリスカ。
若干呆れるユウヤ。
「クリスカの"色"がね、教えてくれたの。」
「色?」
クリスカ、イーニァの能力を知らないユウヤはただ呟きだけ。対するクリスカは顔を紅くしていた。
(そんな表情も出来るのか…そういえばユーコンの徒歩行軍の際も似たような…)
「ブリッジス。」
「ん?なんだ?」
考え事をしていたユウヤはクリスカの一言で現実に引き戻された。
「その…これから時間あるか?」
「ああ…基地内待機だからな。」
「なら、私とイーニァと一緒に散策でもしないか?」
「それってデートか?」
「断じて違う。」
「まあ、そうだろうな。いいぜ、別に。」
ユウヤの返事に、跳び跳ねるイーニァ。その時、クリスカも僅かに表情を崩していたのだが、ユウヤはそれに気づかなかった。
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数分後。
歓楽街
「ここも大分変わっちまったな…」
「ああ。BETAがここを進行していったからな…」
ユーコン事件後、歓楽街は事後処理に追われていた。
BETAが蹂躙した為、被害は甚大であったが、活気を取り戻そうと皆が必死になっていた。
「なぁ…少し寄りたいところがあるんだが、いいか?」
「それは構わないが…一体何処なんだ?」
「ユウヤのお友達のトコ、だよね?」
少し悲しそうな表情でイーニァが呟く。
「イーニァ、なんで…まぁそうだ。」
「そうか。だが私達が行ってもいいのだろうか?」
「ああ。大丈夫さ。」
こうして3人は、かつて憩いの場であった、また同時に二度と還らぬ友と出逢った場所に向かった。
「ブリッジス、ここなのか?」
「ああ…お前らからしたら、西側の堕落した場所の象徴みたいな場所だろうが、俺達にはかけがえのない場所だったんだ…」
Pole Star。
店はまだやっていない。何せ半壊状態だ。
だがユウヤはここで色々な物をここで受け取った。アルゴスの仲間から、そしてここのオーナーから。
テロリストだったとは言え、彼女からも多くの物を受け取った。
そして最期は命掛けで自分達を救ってくれた。
感謝こそすれ、憎しみは無い。
万感の意を込め、ユウヤは店に向かって敬礼をした。
彼女は軍人ではない。故に敬礼が正しいのかも分からない。だが今、自分に出来ることをする。
それが彼女への手向けだと考えた。
ユウヤの隣ではクリスカも敬礼を。すぐ傍にはイーニァがお気に入りの人形―ミーシャを抱えてじっと前を見つめていた。
「なんだか悪いな。こんな辛気くさい感じになっちまって。」
「構わない。貴様の友なのだろう?友ならば当然のことだ。」
「そう言ってくれると助かる。」
「ユウヤ、大丈夫?」
「ん?ああ、大丈夫だ。イーニァにも悪いな、こんなトコ来ちまって。」
「ううん。ユウヤのお友達、幸せだね。ユウヤが忘れないでいてくれて。」
思えば自分が居なくなった後など考えたことがなかった。自分が居なくなったら―自分を覚えてくれている人がいればまだいい。だが、自分を覚えてくれる人がいなかったら。元より自分の存在が無かったように感じてしまう。
イーニァの言葉からふと考えてしまうユウヤ。
「そうだな。忘れないこと。それが俺の出来ることなのかもしれないな。」
「ユウヤ~!」
イーニァへの返答を終えるとふいに声をかけられた。
声の方向を確認すると、タリサ、ステラ、ヴァリレオがいた。声をかけたのはタリサだ。
程なくしてユウヤに追い付く。
案の定、タリサがクリスカ達に絡んだ。
「お前ら、ユウヤと何やってんだ!」
作品名:トータル・イクリプス Side Story 作家名:Sepia