マスコット・ラン
4
先に戻ってきた俺たちは、地学準備室で千反田達を待つ。いつの間にか雨は上がったようだ。絶好の帰宅時なのだが。 今の俺は首輪を繋がれた状態。南無三。
そんな俺の内心を見透かし、釘を刺すかのように、ちょうど千反田達が戻ってきた。
「ただいま」
伊原が里志にだけ挨拶をする。
「おかえり。それでどうだった?」
里志の質問に、伊原が横目で千反田を見る。おそらく入須との会話はほとんど千反田がしたのだろう。自分が言うよりも千反田が言った方が早いと思ったに違いない。
千反田がそれに合わせて口を開いた。
「ええ。入須さんじゃありません」
「そうなんだ。こっちも駄目だったよ。顔の造形が甘くて、これとは別物だって。入須先輩は何か言ってなかった?」
視線を宙に彷徨わせる千反田。
「入須さんはマントの裏にあった縫い目を確認したりして、えーっと、その、自分が持っていたものはもう少し縫い目が広いとおっしゃっていました」
……おそらくあの入須のことだ、「技術が足りない」とでも言って一刀両断に切り捨てたのだろう。
千反田は手芸部の里志に気を使い、言葉をマイルドに表現し直そうと思ったけれども、すぐには思いつかず変な言葉遣いになってしまった、と。その気持ちはわからんでもないが、縫い目が広いってなんだ?フォローにもごまかしにもなってないぞ。まあ、指摘はすまい。
「ははっ。別に遠慮する必要は無いよ。僕たちも似たような事言われたし」
「福笑いとか言われたしな。……?自分が持っていたものは、ってことは入須先輩はそのぬいぐるみを褒めていたのか?」
「ええ。これは上手だ、と褒めていましたよ」
入須が褒めるほどだ。俺にはぬいぐるみの良し悪しなんてわからないが、余程の出来なんだろう。これは。
(しかし、……)
前髪を指に巻きつけながら少し考える。
(売られたぬいぐるみはどれも、このぬいぐるみに比べて下手だと言われたわけか)
なるほど。……おぼろげながら話が見えてきた。
「入須先輩でもない、製菓研の二人でも無い。そうなるとホータローは否定していたけど、消去法で外のお客さんにしかならないよ」
「私もそうとしか考えられないけど。折木、そうじゃないの?」
その会話を聞いていた千反田がぐいっと体を乗り出す。
「折木さん、何かわかっていたんですか!?」
だからいきなり距離を詰めるな!反射的に椅子を後ろに下がらせる。千反田の揺れた前髪が鼻をくすぐった。
「その前に里志。ちょっと確認したい」
目の前の好奇心の亡者から十分な距離を取ってから里志にたずねる。
「ん?何だい?」
「もしかして売り物のぬいぐるみを作っていたのは一年じゃ無いのか?」
「ワオ!よくわかったね、ホータロー!その通りだよ。手芸部の上級生はほとんど目玉の曼荼羅絨毯の細かな部分の刺繍や大物にかかりっきりで、ぬいぐるみにかける時間は無かったからね。僕は総務委員やら何やらで忙しかったし、ぬいぐるみ作成まで手を伸ばす時間は無かったけれど。ノルマを達成した女子は顧問の先生と一緒に作っていたよ」
……それだ。
「はあ。この数十分は無駄な行動だったなんて。何というエネルギー浪費」
「折木さん!何か気づいたんですね!教えてください!」
千反田がまた体を乗り出してくる。今度は距離を取っていたので驚かされるような事は無かったが……。気になり出すと本当に周りが見えなくなるな、コイツは。
千反田のその特徴的な大きな瞳を視野の片隅に置きながら言った。
「そうだな、結論から言おう」
「ぬいぐるみを落とした者はいない」