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「どういうことですか!折木さん!」
「ま、正確に言うと四人の中には、ということだが」
 里志が横槍を入れる。
「ホータロー。まるで五人目が居るみたいな口ぶりだね」
「まあ、間違いじゃないな」
「何よ、入須先輩が駄目、製菓研の二人も駄目、だから五人目ってこと?子連れおばあちゃんの存在は?ぬいぐるみは四体なのよ?誰がどう考えてもそのぬいぐるみの持ち主はおばあちゃんじゃない!」
 伊原は自分の考えを否定されたのが気に入らないのか、ムスっとした表情だ。
「……一気にまくし立てるな。いや、外部の客は最初から落し物なんて無理だ。今日はカンヤ祭が終わってから何日目だ?千反田」
「ちょうど一週間ですね」
「そうだな。そのおばあちゃんが神山高校に入る機会があったのは、カンヤ祭の時だけだろう。つまりそのおばあちゃんが落としたのであれば、一週間もの間あのぬいぐるみが放置されたということになる。まずありえないだろう」
「そう……なのでしょうか?」
 千反田が首をかしげる。やれやれ、相変わらず記憶力は抜群のくせにこういうことには鈍い。
「大きく二つに分けて考えてみろ。千反田が発見した廊下のように人目につきやすい場所と、この教室のような人目につきにくい場所だ。まずはじめに、人目につきやすい場所。これは言わずもがなありえないだろう。なあ、里志」
「そうだね。総務部員はカンヤ祭中、落し物の管理には気をつけていたから。人目につき易い往来にこんな人形が落ちてたらすぐ会議室行きだったろうね」
「そういうことだ。良しんば、文化祭中に見つからなかったとしてもあれだけ目立つ落し物。落し物置き場に行かないわけがないさ。とはいえ、人気が無い場所も有り得ない。今週の頭に何をさせられたか覚えているだろう?」
「大掃除ですね。模擬店にされた教室を全部」
「そうだ。この弱小部の古典部でさえ、大掃除の命が下ったんだ。校舎中の全ての教室が、隅々までチェックされたと考えるべきだろう。もしぬいぐるみがひっそりと、隅に隠すように置かれ忘れられたとしても、その時に気づかれないわけがない」
伊原が下唇を噛んだ悔しそうな顔でこちらを睨んできていた。千反田は俺に向けられたその殺意に満ちた視線に気づくことなく、続きを急かす。全く方向性の違う反応に、やりづらいことこの上ない。
千反田が待ちきれず声をあげた。
「じゃあ、」
「そうだな。外の客のおばあちゃんは無理。残りの三人も証言通りなら落し物はしていない。つまり四人全員ぬいぐるみを落とすのは不可能だ」
「なるほど。折木の言いたい事はわかったわ。でもだからといって五人目ってどういうことよ?四人が駄目ってことはわかったけど、ぬいぐるみは四体しかないのよ?」
 伊原は今にも噛み付きかねない形相だ。
「売られていた物はな」
「え?」
「思い出してほしい。売り物のぬいぐるみの評判を。あまり良くはなかっただろう?」
「ええ、そうね。入須先輩なんかはっきり技術が低いと言っていたもの」
 入須……。容赦ないな。
「だな。俺はそれを変に思ったんだ。このぬいぐるみを見ろ。そこまで酷く見えるか?下手だと思うか?」
 周りをぐるりと見回せばみんな首を振っていた。
「私にはそうは見えません」
「現役手芸部の視点からも言わせてもらうと、縫い目も細かいし良い出来だと思うよ」
「だろう。俺はぬいぐるみの完成度なんかわからないが、話を聞いてそれに違和感を持ったんだ。『そこまで酷い出来だろうか?むしろ上手いように思えるが』とね。入須が褒めていたという事を聞いて、それは一つの確信を得た」
「それは一体何だい?ホータロー」
「これは売り物のぬいぐるみじゃない」
「は?」
キョトンとする伊原と千反田。
「じゃあそもそも手芸部とは何も関係なかったってこと?」
 伊原がすかさず反論する。冷ややかな目だ。
「いや、それも違う。売り物のぬいぐるみはケチは色々とつけられていたが、大まかな印象や作り方はこのぬいぐるみと大差ない。入須先輩の『マントを裏返して縫い目を確認した』という行動から考えるとな」
「ちょっと待って。製菓研の二人の話からそうなるのは理解できるけれど、入須先輩の行動からどうしてそうなるの?縫い目の確認なんてぬいぐるみ好きなら誰でもするじゃない!」
 口を挟む伊原。
「確かに誰もがするだろう。だが、『マント裏の背中の縫い目を確認する』と言うのは、同じ作りのぬいぐるみを持っていて、そこに縫い目があると知っていないとしない行動だ。もちろん調べればすぐに気づくような事ではあるが、千反田、入須先輩はまずそこから確認を始めたんだな」
「はい、そうです」
「だったら確実だ。落し物が自分の物かどうか聞かれたら、入須先輩の性格からして初めには違いが如実に表れるところから調べるはず。それがマント裏の背中であり、それは確かにこのぬいぐるみにも存在した、ということだ」
 納得したのか伊原は浮かしかけた腰を椅子に下ろす。
「話は逸れたが要点をまとめると、『売り物のぬいぐるみを落とした人はいない』『均一な作り方はされてはいるが細部に粗が目立つ売り物のぬいぐるみ』『一つだけ品質が違う落し物のぬいぐるみ』。そうだな、更に付け加えるとするなら『ぬいぐるみを作ったのは一年生女子。曼荼羅絨毯のノルマを達成したあと顧問の先生の指導のもとつくっていた』。これでどうだ?」
「あ!わかったよ!ホータロー!」
 流石にここまで言えば手芸部の里志は気付くか。
「どういう事なんですか!折木さん!もったいぶらずに教えてください!」
「つまりこれは手芸にまだ不慣れな一年生のために顧問の先生が作った、見本のぬいぐるみ、即ち五体目のぬいぐるみと言うことさ」
「「あ!」」
伊原と千反田が声を重ねる。
「製菓研、かぼちゃの二人組が言っていた。『パーツは同じだけどどこかズレている』と。パーツとはおそらくマントやぬいぐるみの瞳なんかのことだろう。そこから察するに、顧問の先生はデザインやパーツは事前に用意していたんじゃないか?文化祭で忙しい生徒の作業を少しでも軽くするために。そこまで親切な指導をするのだったら、完成図としての見本があっても不思議じゃないさ。そして、これが見本のぬいぐるみならこのぬいぐるみだけ技術が高いのも頷ける」
 チャイムがなる。ちょうど職員会議も終わりを告げたところか。
「待つのが祭り。文化祭前に活躍したこの見本のぬいぐるみは、その役割を終え、おそらくこれを制作した先生が保管していたのだろう。……いや、違うな。見本なのかそうでないのか、とにかく用途はわからないがおそらくまだ使われていたんだ。そして何かがきっかけでぬいぐるみは傷んだ。内綿が飛び出すほどに。それを修復するために、そのぬいぐるみの製作者は職員室に持って行こうとした。だが、職員会議に遅刻しそうで少し慌てていた先生はぬいぐるみを落としてしまう。そして気付かれず放置されていたぬいぐるみを千反田が拾いここに至る。そういうことだろう」
 息をゆっくりと吐く。ちょっと疲れた。
「そういうことだったんですか。ではこのカエルさんの持ち主は、」
「おそらく、手芸部の顧問だろう」
作品名:マスコット・ラン 作家名:cafca