Wizard//Magica Wish −5−
二人は場所を移動し、病院の中庭へと移動した。そこには看護婦に車椅子を押してもらって散歩をしている老人の姿や、閉鎖的な病室から気分転換に外に出ている大人達が沢山いた。ハルトは先程出会った少年、上条恭介の歩くスピードに合わせて移動してきた。もちろん恭介はあまり身体の自由が効かないため常人の歩くスピードよりはるかに遅かった。途中でハルトが「手伝おうか?」と声をかけたが「大丈夫、僕一人の力で歩きたいんだ」と力強い言葉を聞いたため、それから何も文句も言わす恭介と並列して歩いてきた。
二人は中庭にポツリとあるベンチに座り、自販機でブラックのコーヒーを2本購入した。
「さっきは助けてくれてありがとうございました。僕の名前は『上条恭介』」
「『操真 ハルト』だ。恭介はこの病院に入院して長いのか?」
「そこまで長いって訳ではないんですけど、ちょっとした事故にあって、身体があまり言うことを聞かなくなったんです。今はリハビリをしているお陰で多少の自由は聞くようになったんだけど…」
「そっか…」
ハルトは缶を軽く振り、プルタブを開いてコーヒーを飲んだ。甘味は一切なくスッキリとした味わいが口の中に広がっていく。恭介も右手を震わせながらも必死に開けようとした。何度か挑戦しようやくプルタブが開き、一気に口の中へと流し込んだ。最初見たときは内気なのだと感じていたが、どうやら人一倍努力するタイプらしい。どっかのサヤカチャンとは正反対だな…と頭の片隅で思った。
「…手、麻痺が酷いみたいだね。見ててもわかるよ」
「はい、事故の後目覚めたとき、僕には絶望しかありませんでした」
恭介は空に向かって『左手』を掲げた。何度も拳を握ったり開いたり…と。左手は右手と比べてそこまで麻痺はないらしい。
「左手は麻痺ないんだな」
「いいえ、逆ですよ」
「え?」
左手を開きながら太陽に向ける。
恭介は笑顔を浮かべながら自分の左手をまじまじと見つめていた。
「最初、身体は今以上に麻痺していたけど全く動かせないって訳じゃなかったんです。けど、この左手はそれとは別でした。感覚が一切無かったんですよ」
「…そうなん、だ。でも今は…」
「はい。…何度も左手を動かす練習もしたし、治療もしました。けどこの左手だけ全く感覚が取り戻せず、それから何日も過ぎて行きました。…そして、とある日。医者の口から告げられたんです…『君の左手は、一生動かない』ってね」
「………。」
「僕は本当の意味で絶望しました。…僕はちっちゃい頃からバイオリンが大好きで、バイオリン奏者にとっては左手は命の次に大事なものなんです。だから、僕は夜な夜な泣きました…全ての希望が閉ざされた…もう、僕に未来はない…何を持ってこれから生きていけば良いのか…でも、そんな時、『奇跡』は起きたんです」
「奇跡?」
「朝、起きると左手に感覚が宿っていたんですよ。僕は、これは夢だ。こんな夢みるぐらいなら早く目覚めたい…けど、夢じゃなかったんです。本当に左手に感覚が戻っていたんですよ!その後、医者はこんなことありえない、とか何度も僕の左手をまじまじと検査しました。けど結果は良好、上手くいけば事故の前と同じように動かせるようになるって!…奇跡は存在したんですよ!この世に、奇跡はあるんですよ!」
「そっか、…そういうことか。本当に恭介は色々な人に愛されてるんだな」
間違いない…これは『魔法』だ。
ハルトはベンチを立ち、軽く深呼吸をした。
自分ではない何者かが恭介を絶望の淵から救っていたことを知って気分が良くなった。
今の彼の話しを聞いて確信したことがいくつかある。
恭介は誰か…いや、この街のどこかにいる魔法少女によって救われたのだ。
魔法…いや、もっと強力な力…契約だろうか。
「恭介、これからも頑張ってもっと動かせるように努力しないとな、俺も応援するよ」
「はい、ありがとうございます!」
「それと、一つだけ解ってもらいたいことがある」
「えっと、なんですか?」
「さっきの話を聞いてて、恭介は絶望しやすい体質らしいな。…だから、あえて恭介に俺から伝えたい言葉がある。これから長い人生で、恭介はまた絶望してしまう出来事があるかもしれない」
「…え?」
「でも、絶対に希望があることを忘れちゃいけない。もし希望を忘れて何もかも諦めてしまうと…それは自分が絶望を受け入れたって意味になる。その時本当の意味で自分は死んでしまうんだ。だからこれからも強く生きるんだ。恭介の希望はすぐ傍にある」
「ハルトさん…」
「安心しろ!…もしその時がきたら、俺が恭介の希望になってやる」
「…ありがとう、本当に…ありがとうございます…っ!」
恭介は少し涙を流しハルトは珍しくニカッと笑いわしゃわしゃと頭を撫でてあげた。恭介は今まで以上に元気がでたのか最初に会ったとき以上の笑顔で病室へと帰っていった。本人曰く、看護師達が心配してしまうとのことらしい。
恭介が病院の中に入って行くまで見送ったあと、再びハルトはベンチに座り、無限に広がる空を見つめた。
「…わからんでもないな、恭介の気持ち…全く、俺も偉そうな事言える立場じゃないってのに」
懐かしいな。
この、病院の雰囲気、消毒液の匂い。
昔を思い出す…ずっと、閉鎖された空間のあの病室での事。
希望の終わりでもあり、絶望が始まったあの古臭い病室。
今でも思い出す……目覚めたときのあの絶望。
「コヨミ…凛子ちゃん…」
「希望はすぐ傍にある…、良い言葉ね」
「…っ…?」
ふと、自分の後ろから聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。
ハルトは後ろを振り向く。
ロングスカートに長い黒髪。
手にはなにか持っている…あれは、懐中時計?
一見すればかなりの美人だ。だが、どこか不思議な雰囲気を持っている。その彼女の目はなにもかもが見透かされているような気分になる。
…正直、気味が悪い。
「…あの…何?」
「ごめんなさい、さっきの話、全部聞いてたわ」
「別に、気にしなくても良いよ。男どおしの話だし」
女性は腕を組みながらハルトの横へ座る。
そして、自分の持っていた懐中時計を開いた。かなりの年代物らしく、売ればきっと高額商品になること間違いなしだろう。
「あなた、時計は好き?」
「…いや、あまり時間は気にしたことないな」
「そう…私は大好きよ…止まることなく、良いリズムと音を奏でながら一刻一刻と動くから…ここにある木々もそう、花もそう、このベンチだってそう。全て目に見えるものにはそれぞれの時間が存在する。生まれてから時間は始まり、枯れ果てて行く時に時間は止まる。けどそれらはこの世界に何かを残しまた再び新たな時間を作り出していく。ね、面白いでしょ?」
彼女は一体何を言っているのだろうか?
時計をまじまじと見つめては気味の悪い微笑みをする。
一体なにがそんなに面白いのだろうか?
「さっき、あなたは希望は傍にあるって言っていたわよね?」
「うん、それで?」
「なら、そのすぐ傍にも絶望が存在するってこともあるんじゃない?」
「人は諦めない限り、どんな障害だって乗り越えられる。何度絶望がやってきても諦めなければ希望は必ず訪れる」
作品名:Wizard//Magica Wish −5− 作家名:a-o-w