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サプリメント

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 俳優という職業柄、色々と五月蠅い輩に追い回されるのが彼の宿命なのだろうし、当然のこととして彼も受け入れてきたようだが今度ばかりは誰にも邪魔されたくないのだろう。少々無理……というより、かなり強引に組んだ旅程が決まって、彼に連絡を入れた次の日にはすべてのスケジュールを調整し、信用のおける極限られた者以外、彼の立ち行き先を知らせないまま、それこそバッグ一つの身軽な姿でサガが玄関に立っていた時には驚きを通り越して呆れた。

 ―――ああ、シャカ、私よ。沙織。サガに貴方の住まいを聞かれたので教えたから。

 ―――ええ、そのようで。目の前にいますから

 ―――……うそ!?早っ!

というようなやり取りを玄関先で携帯握りしめながら、つい三日前に沙織としたのである。

「脅迫とは穏やかではないな。シャカは多額の報酬を得られたんだろうし…」
「あの報酬は確かに有難いが。グラード通信社を敵に回して、干されるわけにはいかないのでな、渋々承諾したのだよ、そこのところは理解しておいてくれ。まったくそれにしても私の個人情報はどういう取扱いなのか。一度、城戸沙織には確認しておかなければならないな……」

 今更ながらの恨み節ではあったが。私の個人情報含めての報酬なのだろうか……うっすらそんなことを思いながら、ぎしりとスプリングを軋ませて、必要最低限を詰め込んだバッグを部屋の端へと置いた。

「……やはり、こういう物は持っているんだな」

 カチャリと冷たい鉄の音が響く。サガに視線を向けると、それこそスパイ映画か何かのの1シーンのように銃を構えているサガの姿。机の引き出しにあったものをいつの間にやら取り出したのだろう。と、同時にすうと何かが冷えていく感覚に陥る。

「役者稼業で随分さまになってはいるが。それではせいぜい髪を掠る程度であろうな」
「……聞いた時にはまさかとは思ったが。シャカ、君が名うてのスナイパーだった…というのはどうやら、本当らしいな。ゾッとするほど冷たい目をしている」
「ふ。そんないいものではない。ただの……少年兵でしかなかった。さぁ、もういいだろう。返してもらおうか、サガ。それにさっさとキッチンのソファーに行きたまえ。あそこが君の寝床だ」
「残念だ。今日こそは共に……わかった。悪かった、冗談はこれくらいにしよう」

 取り上げた銃の安全装置を外して、照準をサガに定める。さしもの彼も両手を挙げておとなしく部屋から出て行く素振りを見せたところで、ようやく狙いをサガから外した。

「サガ、ひとつだけ忠告しておく。いつだって私は過去に戻れる……あまり煽るな」
「―――わかった。肝に銘じておこう」

 ひらひらと手のひらを振るサガの後ろ姿を見届けた後、ぱたんと扉を私は閉じると手に馴染む冷たい感触を引き離し、引き出しの中へと収めた。


「おはよう。よく眠れたかな、シャカ。私はワクワクしすぎて余り良く眠れなかったよ。そろそろ起きて朝食を取らないと飛行機に乗り遅れるぞ」
「うう……もう、そんな時間かね……って、まだ早いではないか…もう少し…ね……わかった。起きる。起きるから、いかがわしい手つきで触るな!」

 もう一眠りしようと突っ伏してみせたが、背筋に沿ってなぞられ、尻を撫で回されればさすがに慌てて飛び起きる。が、勢いがつきすぎてそのまま、ベッドの下に転げ落ちた。

「大丈夫か?」

 くっくと笑いを含みながらベッドの上から手を伸ばすサガに、腹立ち紛れにそのまま強く引いて同じ目に合わせたところでようやくスッキリと起き上った。

「ひどいやつだ」
「どっちがだ!」

 ああ、痛いな~と文句を零しながらも、愉快そうにサガも立ち上がった。「朝食の準備はできているぞ」という彼の言葉を裏付けるように、キッチンからは空腹を誘う良い香りが漂ってきた。
 今後しばらくはこんな風に落ち着いて飯など食べられないだろうなとぼんやり思いながら、寝癖でぼさぼさの髪をくるりと纏め上げ、香りに誘われるまま、私はキッチンへと向かったのだった。


作品名:サプリメント 作家名:千珠